第52話 水の試練
祠の最奥は、鏡のような水を湛えた、静かな間だった。ルカが歩み入ると、声が響いた。『——光の末よ。水は、人の底を映す。見てなお、人と共に征けるか』
水面が、揺れた。映し出されたのは、仲間たちの、心の底だった。仇を失い、空っぽの夜を抱えるミラ。燃える村の悲鳴を、今も背負い続けるドラン。聖女に憧れながら、己の無力に怯えるセラ。憎しみに焼かれかけている、カイ。そして、名も知らぬ兵士たちの、数えきれない弱さと狡さ。
ルカは、目をそらさなかった。祠の試練で、自分自身の底なら、もう見た。
「……見ました。全部」ルカは、静かに答えた。「それでも——それでも、みんな、立とうとしてる。僕は、その隣にいたい」
水面が、凪いだ。光がルカの両眼に流れ込み、視界が、一瞬、金色に染まる。——光の眼。偽りと幻を見抜く、真実の瞳。
そして最後に、水面は、千年前を映した。この祠に立つ、ルーカスと、槍を担いだ精悍な若者——ヴェイル。ふと、ヴェイルの声が、硬くなった。
『……ルーカス。その手の震え。それに、その髪——白くなってきてやしないか。その力、お前を、喰ってるんじゃないのか』
ルーカスは、少し黙り、それから、いつもの顔で笑った。
『——内緒だぜ、ヴェイル』
幻が消え、水が閉じる。ルカの胸に、冷たい問いだけが、残った。……代償。聖女アリアの記した、誰も知らぬ代償とは、まさか。




