第51話 偽りの糸
「いいか。戦ってのはな、自然に始まるんじゃない。——誰かが、始めさせるんだ」
調査の指揮を執ったのは、ドランだった。偽の証言、握り潰された記録、姿を消す証人。その手口の並びを、ドランは知っていた。かつて、軍の内側から、嫌というほど見てきた並びだった。グレンの村を焼いたあの命令もまた、こういう「作られた話」の果てにあったのではないか——胸の奥に湧いたその疑念を、ドランは今は呑み込み、目の前の糸をたぐった。
消えた証人の商人は、三日がかりで、水路街の倉の奥に見つかった。男は、骨まで怯えきっていた。
「か、金を積まれた……いや、違う、あの眼だ。紫の眼に見つめられたら、逆らえなかった……気づいたら、見てもいないことを、喋ってたんだ……!」
セラが男の額に手をかざし、息を呑んだ。「……魅了の魔法の、痕です。それも、教会の祓いでは届かないほど、深い」
神槍を盗んだ実行役も、アルドス宮廷の騎士の一人まで、絞り込めた。だが、証拠はどれも細い糸だ。魅了が解けぬ限り、証言はいくらでも覆される。セラが、聖典の一節を口にした。——神の光は、あらゆる偽りの帳を払う。
「ルカさんの光なら、あるいは……」
刻限は、迫っていた。三日後、湖の中央島で、両国最後の会談が開かれる。決裂すれば、即、開戦。カイが、顔を上げた。
「……祠だ。湖守の伝えでは、水の祠は”真実を映す”。光の末になら、扉は、開くはずだ」
その夜、五人を乗せた小舟が、静かに、夜の湖へと漕ぎ出した。




