第5話 もしものときは
ある日の夕暮れ、ルカは父に呼ばれて、家の奥の部屋へと向かった。
部屋に入ると、父はいつになく真剣な面持ちで立っていた。普段の稽古のときとも、食卓を囲むときとも違う、張りつめた空気。ルカは思わず身を硬くした。
父は黙って部屋の中央に置かれたテーブルをずらすと、その下の床板を、こつこつと拳で叩いた。すると、何の仕掛けもなさそうに見えた床が、音もなくぱかりと開いた。
現れたのは、人ひとりがやっと身を隠せるほどの、暗く狭い空間だった。
「いいか、ルカ。よく聞きなさい」
父はルカの目をまっすぐに見て言った。
「もし、この村に何かあったときは——お前はこの中に隠れるんだ。何が起きても、決して出てきてはいけない。騒ぎがおさまるまで、ここでじっと身を潜めているんだ」
ルカには、父が何を言っているのかわからなかった。村に何かあるなんて、考えたこともない。こんなに平和な毎日が突然崩れるなんて、想像すらできなかった。
「父さん、どうしたの? 何かあったの?」
問いかけても、父はただ静かに首を振るだけだった。それ以上は、何も語ってくれなかった。
なぜ父があれほどまでに真剣だったのか。あの隠し部屋が、いったい何のためのものだったのか。
——その意味をルカが思い知ることになるのは、それからまもなくのことだった。




