第46話 それぞれの夜明け
彼女は、動かなくなった巨人の骸の前に立っていた。半年間、これだけを望んで生きてきた。家族の仇。町の仇。それがいま、目の前で骸になっている。
「……終わった、のに」
指先が震えた。「……何も、ないよ。ねえ……何も、残らないんだよ……」
崩れ落ちそうになった肩を、ルカがそっと支えた。ミラは濡れた目のまま、問うた。
「……ねえ。あんた、いまも私に、あの子を重ねてる?」
ルカは首を横に振った。懐から青い石のネックレスを取り出し、両手で包み込む。
「リーナは、ここにいる。ずっと、ここに。……君は、ミラだ。魔物の群れに一人で突っ込んでいく、無茶苦茶で、火みたいに熱くて——僕の隣で一緒に戦ってくれた、ミラだ」
ミラはしばらく黙っていた。それから乱暴に目元を拭い、そっぽを向いた。
「……ばか。当たり前でしょ」
その声は、少しだけ笑っていた。復讐の終わった空っぽの胸に、何を入れて生きるか。答えはまだ見つからない。ただ、この泣き虫の隣で探すのも悪くない——そう、思えた。
三日後。応急の門の前に、旅支度の四人が立っていた。四人——セラが、大神官の書状と山ほどの薬草を背負い、胸を張っていた。
「神殿より、正式に同行を命じられました! ……というのは半分建前で、私が行きたいんです。伝説じゃなくて、あなたたちの旅を、この目で見届けたいから」
ミハエルから託された勇者行路の写しは、東を指していた。次なる地は、湖上の都ラナリア。手記によれば、ルーカスが二人目の仲間を得て、「水の試練」を越えた場所だという。回復途上のガイウスが、ドランの胸に拳を軽く当てた。
「……グレンの分まで、守ってこい」
ドランは何も言わず、ただ深く頷いた。
——その一部始終を、遠い丘の上から見届けた影があった。
漆黒の古鎧。ガルドスは、都を発つ四つの小さな影を、兜の奥からじっと見つめていた。
「……あの日と、同じ光。見誤るものか」
千年前、己の主を滅ぼした光。老いた魔将の胸に去来したのは、憎悪よりも、静かな武人の昂ぶりだった。
「だが、まだ細い。細すぎる。……熟すまで待とう。千年待った身だ、今更、急ぎはせぬ」
同じころ、魔王城の玉座で、ヴァロスはベルガの気配が消えたことを感じ取っていた。四天王の一角が、堕ちた。怒るべきだった。父ならば、怒っただろう。だが胸に湧いたのは、あの正体の知れないざわめきだけだった。
「……勇者、ルカ」
初めて口にした、その名前。玉座の魔王は、自分の呟きに含まれた響きに気づき、戸惑うように目を細めた。
それは、憎しみの響きでは——なかった。




