第44話 聖女の祈り
巨人の一撃が、大地を割った。
ドランとミラは紙一重で死線を躱し続けたが、それが精一杯だった。ルカも斬りかかったが、数瞬の光では、巨人の皮膚に薄い傷をつけるのがやっとだった。三人まとめて薙ぎ払われ、ルカの体は大聖堂の扉を突き破り、堂内へと転がり込んだ。
薄れる意識の先に、それはあった。
祭壇の上で罅割れた、巨大な水晶。千年、結界を紡ぎ続けた、聖女アリアの遺した要。その罅の奥から、細い光が、まるで手招くように揺れていた。
血の滲む手が、水晶に触れた——刹那、世界が白に染まった。
——若い女が、水晶に祈りを注いでいた。旅装の癒し手。その傍らに、見覚えのある青年が立っている。ルーカス。戦いを終えた、千年前の勇者。
『本当にいいの? あなたの光を、こんなにたくさん、置いていって』
『いいんだ、アリア』ルーカスは、疲れた顔で、けれど穏やかに笑った。『全部持っていたら、僕はきっと、剣を置けない。……それにね、いつか、僕の血を継ぐ子が、また、あの城に向かう日が来る。その子はきっと、僕に似て、泣き虫だ』
『……あなたの子孫ですものね』
『だから頼む。その日まで、この光を、あたためておいてやってくれ』
アリアが頷き、水晶に、二人分の祈りが灯った——
——光が、引いた。
ルカは、祭壇の前に立っていた。頬を涙が伝っていた。体の奥で、暴れ馬のようだった力が、初めて静かに脈打っている。荒れ狂う熱ではない。体に馴染む、あたたかい鼓動。千年前の祖先が、自分のために遺してくれた光だった。
罅割れた水晶は最後の輝きを失い、ただの石に還っていく。千年の結界は、もう二度と張れないだろう。
「……ありがとう。行ってきます」
ルカは石に一礼し、砕けた扉の向こう——巨人の哄笑の真ん中へと、歩き出した。その全身は、淡い金色の光をまとっていた。




