第39話 聖女の手記
軍議の前に、ミハエルは三人を、大聖堂の地下書庫へと案内した。千年分の祈りの匂いがする、静かな場所だった。
「この神殿を建てたのは、聖女アリア様。前勇者ルーカス様と共に旅をし、その傷を癒し続けた癒し手であったと、伝わっております」
セラが、うっとりと付け加えた。彼女はアリアに憧れて、神官になったのだという。
ミハエルが恭しく取り出したのは、古い羊皮紙の束だった。勇者ルーカス自身の手記。その写しと断片が、ここに眠っていた。ルカは、震える手でページをめくった。千年前の、祖先の文字。
『今日も、人が死んだ。私のせいだ。私がもっと強ければ』『夜になると、手の震えが止まらない。皆には隠しているが』『アリアに言われた。震えていい、逃げなければいい、と。単純な女だ。だが、その言葉で、今夜は眠れそうだ』
グラムの丘で見た、あの泣いていた青年が、そのまま文字になっていた。ルカの目頭が、熱くなった。手記には、旅の道筋も記されていた。勇者行路——後の世でそう呼ばれる、ルーカスの歩いた道だ。
だが、ミハエルは最後に、声を落とした。
「手記は、魔王との決戦の直前で途切れています。最後の一冊は、失われた。……ただ、アリア様の記録の最後の頁に、こうあるのです」
老神官は、色褪せた一文を指し示した。
『彼の勝利には、誰も知らぬ代償があった。それを記した最後の書を、彼は”終わりの地”に封じた。いつか、同じ光を継ぐ者だけが、開くだろう』
誰も知らぬ、代償——ルカが問い返すより早く、回廊を荒い足音が駆けてきた。斥候の騎士だった。
「大神官様! 魔物の軍勢、東の丘を越えました! あと二日で、この都に達します!」




