第37話 折れた炎
岩陰の焚き火は、敵に見つからぬよう、拳ほどの大きさに抑えられていた。
ミラは、岩壁にもたれたまま、動かなかった。手当てはドランが済ませた。肋のひび、全身の打撲。命に関わる傷ではない。けれど、その瞳は、虚ろに火を映しているだけだった。
「……半年」ぽつりと、ミラが言った。「半年間、あいつを焼き殺すことだけ考えて生きてきた。眠るのも、食べるのも、魔法の修行も、全部そのため。……なのに、指一本、届かなかった。あんなの……人が、勝てるわけない」
復讐という支えを折られた人間の声だった。ルカには、聞き覚えがあった。祠の中で砕けかけた、自分自身の声と、同じ響きだったからだ。
ルカは、懐から小さなものを取り出した。青い石のネックレス。あの日、リーナの冷たい手からそっと外し、ずっと胸に抱いてきたものだった。
「僕の村が襲われた夜、僕は、床下に隠れてたんです」
静かに、ルカは語りはじめた。父の最後の声。二日間の闇。誰もいなくなった村。リーナの手の中のネックレス。自分だけ生き残ってしまった、という重さ。そして、祠の中で繰り返された絶望と、一度は砕けかけた心のこと。
「底の暗さなら、知ってます。……でも、底が終わりじゃないことも、知ってます。僕は、そこから、戻ってきたから」
ミラは、何も言わなかった。ただ、その頬を、静かに涙が伝った。町が焼けた日から、一度も流せなかった涙だった。復讐の炎は、涙さえも、蒸発させてしまっていたのだ。彼女は、声を殺して泣いた。ルカもドランも、何も言わず、ただ、そのそばにいた。
夜明け前、ドランが地図を広げた。
「ベルガの軍は、略奪しながら進む。足は遅い。山越えの間道を使えば、聖都には二日は先に着ける。……街に、報せねばならん」
ミラが、顔を上げた。泣き腫らした目には、昨日までとは違う光が、小さく、灯っていた。
「……行く。私も」
三人は、まだ暗い山道を、北西へと登りはじめた。




