第35話 グラムの丘
祖先が、戦った場所。そう聞いた途端——ルカの胸の奥が、かっと熱を持った。
背の剣が、震えている。鍔が、かたかたと鳴る。導かれるように丘を登ると、頂に、ひときわ古い石碑が立っていた。ルカが、その石碑に手を触れた、瞬間。
視界が、光に呑まれた。
——気がつくと、ルカは、夜の陣営の中に立っていた。無数の焚き火。眠る兵士たち。千年前の、決戦前夜。
天幕の裏に、一人の青年が、うずくまっていた。歳のころは、二十歳前後。膝を抱え、肩を震わせて——泣いていた。
「怖い……死にたくない……帰りたいよ……」
嗚咽まじりの、その声。ルカは、目を疑った。この人が、伝説の勇者? 神の力を受け、魔王を討ったという、あの?
青年は、長いあいだ泣いていた。やがて、ごしごしと乱暴に顔を拭うと、傍らの剣を、震える手で握った。何度も深呼吸をして、立ち上がる。その足は、まだ震えていた。それでも青年は、夜明けの方角へと、歩き出した。
「ルーカス様! こちらでしたか」兵士の声が、青年を呼んだ。
——ルーカス。
ルカは、雷に打たれたようだった。ルカ。ルーカス。父さんは、知っていたんだ。神の言葉を聞いたあの日から、この名を、僕にくれたんだ。
視界の端で、ルーカスが、遠い魔王城の方角を見つめ、何かをつぶやいた。
「もし、いつか……頼む、どうか——」
その先は、風にかき消され、聞き取れなかった。
——光が、弾けた。
気がつくと、ルカは石碑の前に、膝をついていた。頬を、涙が伝っている。けれどそれは、悲しみの涙ではなかった。
同じだったんだ。伝説の勇者も、怖くて、泣いて、震えていた。それでも、立ったんだ。弱さは、勇者の資格を奪わない。むしろ——弱さを知る者だけが、本当に、立ち上がれるのかもしれない。
胸の奥の熱が、すうっと、体に馴染んでいくのがわかった。試しに、剣を抜き、静かに念じる。刃が、淡く、けれど確かに、光をまとった。以前のような暴発ではない。ほんの数瞬とはいえ、力が、初めて、呼びかけに応えてくれた。
丘の下から、その光を見上げている者がいた。ミラだった。彼女は、幼いころ祖母に聞かされた、おとぎ話を思い出していた。——金色の光をまとう剣で、魔王を討った勇者の話を。
「……おとぎ話だと、思ってたのに」
ぽつりとつぶやいて、ミラは、ルカから目をそらした。その瞳が、ほんの一瞬、揺れたことに、彼女自身も、気づかないふりをした。




