第30話 玉座の魔王
——ところ変わって、魔の大陸。
千年の風雪に朽ちかけていた魔王城は、いま、ふたたび闇の威容を取り戻していた。漆黒の尖塔が空を突き、城の周りには、数えきれぬ魔物たちがひしめいている。
その最奥、玉座の間。
高い玉座に、一人の若者が座っていた。夜を溶かしたような黒髪に、血の色の瞳。人間で言えば、まだ青年と呼べる姿。けれど、その身の内に渦巻く魔力は、玉座の間の空気そのものを、重く軋ませていた。
魔王——ヴァロス。千年の眠りの果てに目覚めた、先代魔王の息子である。
その玉座の前に、四つの影が跪いていた。
全身を古びた漆黒の鎧に包んだ、巌のような騎士——ガルドス。千年前の大戦を生き延び、先代魔王に仕えたという、最古参の魔将。
山のような巨躯に、大剣ほどもある斧を担いだ大男——ベルガ。破壊そのものを喜びとする、猛将。
紫紺のローブをまとい、扇で口元を隠した妖艶な女——ネフィス。刃を使わず、謀略で国を内側から溶かす、策謀家。
そして、白い仮面で顔を覆った、細身の男——ゼクス。魔王を神と崇める、狂信の司祭。
魔物たちが「四天王」と呼ぶ、魔王軍の四柱であった。
「——魔王様に、ご報告を」
ベルガが、割れ鐘のような声で言った。その口元は、愉悦に歪んでいる。
「南方の任、果たしましてございます。勇者の村、一軒残らず焼き払いました。いやあ、よく燃えた。人間どもの悲鳴ってのは、何度聞いてもいいもんですなあ。これで——勇者の血は、絶えました」
「……そうか」
ヴァロスの声は、平坦だった。喜びも、昂ぶりもない。ただ、事実を確かめるだけの声。
——人間を滅ぼせ。大陸を支配せよ。
脳裏に、父の声が響く。千年前、冷たい魔方陣の上で聞いた、最後の言葉。ヴァロスが持つ記憶は、それだけだった。母の顔も、遊んだ記憶も、何もない。あるのは、父の背中と、その命令だけ。眠りの中で千年、その言葉だけを抱いて、力を注がれ続けてきた。
だから、迷いはない。父の遺志こそが、自分のすべてだ。
——すべてを支配したら、その先に、何がある。
ふと、胸の奥で、小さな声がした。ヴァロスは、その声を、即座に握り潰した。考える必要のないことだ。
「四天王に命じる。大陸を四つに割り、それぞれが征け。東西南北——人間どもの国を、ひとつ残らず、灰にしろ」
「「「「御意」」」」
四つの影が、闇に溶けるように消えていく。最後に残ったガルドスが、玉座のヴァロスを、兜の奥から静かに見上げた。
——先代様に、よく似ておられる。だが。
古の魔将は、胸の内でつぶやいた。
——あのお方の目には、憎しみがあった。この若き王の目には……何も、ない。
その意味を、ガルドスはまだ、測りかねていた。
同じころ、人間大陸の西方では、また一つ、国の都が炎に包まれていた。魔王復活より、わずか数ヶ月。地図から消えた国は、これで三つを数えた。




