第25話 本当の言葉
『行け、ルカ! 生きろ!』
父の声が、ルカの、消えかけた心を、揺さぶった。
ルカは、はっと、目を見開いた。
——違う。
うずくまっていたルカの中で、何かが、小さく、けれど確かに、声をあげた。
——父さんは、こんなこと、言わなかった。
ルカは、思い出した。本当の、最期を。燃える村で、父は、ルカを罵ったりしなかった。傷だらけになりながら、ルカを隠し部屋へと逃がし、こう叫んだのだ。生きろ、と。お前は、みんなの希望だ、と。
ルカは、思い出した。リーナの、本当の言葉を。
「弱くたって、大丈夫だよ」
川辺で、ネックレスを贈ったあの日。リーナは、泣き虫の自分を、決して責めなかった。弱いままの自分を、まるごと、受け入れて、笑ってくれたのだ。
——この声は、偽物だ。
ルカは、顔を上げた。目の前で、父とリーナの姿をした幻が、なおも、ルカを罵り続けている。お前のせいだ、と。生まれてこなければよかった、と。
けれど、もう、その言葉は、ルカの心に、届かなかった。
「……違う」
ルカは、つぶやいた。それは、震えながらも、はっきりとした、拒絶の声だった。
「父さんは、そんなこと、言わない」ルカは、立ち上がった。「リーナも、僕を、責めたりしない。二人は——最期まで、僕を、信じてくれた」
幻の父が、リーナが、表情を歪めた。なおも、ルカを呑み込もうと、罵声を強める。けれど、ルカは、もう、うつむかなかった。
「確かに、僕は、弱い」ルカは、まっすぐに、幻を見据えた。「剣も振れない。泣き虫で、何度も逃げ出した。二人を、守れなかった。それは、本当だ。その後悔は、一生、消えない」
涙が、ひとすじ、頬を伝った。けれど、それは、絶望の涙ではなかった。
「でも、だからって、僕が生きてることは、間違いなんかじゃない!」
ルカは、叫んだ。
「父さんが、リーナが、命をかけて、つないでくれた命だ! みんなの希望を、託してくれたんだ! それを、こんなところで、投げ出してたまるか!」
その瞬間。
ルカの中で、何かが、定まった。
これまで、ルカは、自分の弱さを、恥じてきた。泣き虫であることを、無力であることを、消し去りたいと、願ってきた。けれど——違ったのだ。弱さを、なかったことにする必要なんて、なかった。
弱くても。泣き虫でも。何度、逃げ出しても。それでも、立ち上がる。大切なもののために、もう一度、前を向く。それこそが、本当の、強さなのだ。
ルカは、悟った。父が、リーナが、神が、ずっと自分に伝えようとしていた、たったひとつのことを。
『よく、たどり着いた』
幻が、霧のように、崩れていく。罵声が、遠ざかっていく。世界が、白い光に、満たされていく。
その光の中で、あの、懐かしい声が、響いた。神の、声だった。




