第21話 炎、ふたたび
その日の昼下がりだった。
ルカが、リーナと並んで川辺を歩いていたとき。空が、ふいに翳った。
澄んだ青空に、墨のような黒い染みが広がっていく。みるみる大きくなり、村全体を覆っていく。昼が、夕暮れのように暗くなる。
ルカの全身から、血の気が引いた。
——これは。この光景は。
「ま、まさか」
次の瞬間、村の鐘が、けたたましく鳴り響いた。そして、空から、黒い影が、無数に降ってくる。魔物の群れ。あの日と、寸分たがわぬ、悪夢の再来だった。
「いやだ……いやだ! やめてくれ!」
ルカは、叫んだ。これは幻のはずだ。幻のはずなのに。なぜ、よりにもよって、この光景を、もう一度見せるのか。
魔物たちが、村へとなだれ込んでいく。家々に火が放たれ、悲鳴が上がる。逃げ惑う村人たち。すべてが、あの日のままに、繰り返されていく。
「ルカ! こっちよ、逃げて!」
リーナが、ルカの手を引いた。けれど、ルカの足は、また、あのときと同じように、凍りついて動かなかった。
——逃げなきゃ。今度こそ。今度こそ、リーナを、守らなきゃ。
頭ではわかっているのに、体が、いうことをきかない。恐怖が、ルカを、その場に縫いつける。
そのとき。一体の魔物が、こちらに気づいた。赤い眼が、リーナを捉える。
「リーナ!」
ルカが叫んだときには、もう遅かった。
魔物が、跳んだ。鋭い爪が、リーナの体を——
「あ……」
リーナの手から、ルカの手が、するりと離れた。崩れ落ちるリーナ。その手から、青い石のネックレスが、こぼれ落ちる。
「リーナ! リーナッ!」
ルカは、倒れたリーナに、すがりついた。けれど、その目は、もう、何も映してはいなかった。あたたかかった体が、見る間に、冷たくなっていく。
「いやだ……いやだ、リーナ、目を開けて、お願いだから……!」
涙が、止まらなかった。また、失った。目の前で。守れなかった。あのときと、同じように。
「ルカ……」
かすれた声に、ルカは振り向いた。父が、剣を手に、よろめきながら立っていた。その体は、いくつもの傷から、血を流している。
「父さん!」
「逃げ、ろ……ルカ……お前、だけでも……」
そう言い残して、父もまた、地に崩れ落ちた。動かなくなった。
ルカは、その場に、へたり込んだ。父も、リーナも、また、死んだ。自分は、また、何もできなかった。ただ、見ていることしか。
「うわあああああ——!」
燃え盛る村の中で、ルカの慟哭が、響き渡った。
そして——その意識が、絶望の闇に呑まれた、その瞬間。
世界が、ふつりと、途切れた。




