第20話 帰らない朝
木の梁。漆喰の壁。差し込む朝の光。それは、村の、自分の家の天井だった。
ルカは、跳ね起きた。寝床。木のテーブル。壁にかけられた、父の剣。何ひとつ、焼けていない。崩れていない。すべてが、あの日の前の、穏やかな朝のままだった。
「……夢?」
ルカは、呆然とつぶやいた。村が滅んだのも、北への旅も、祠の声も——すべて、悪い夢だったのだろうか。
「ルカ! いつまで寝てるんだ。朝餉ができたぞ」
戸の向こうから、父の声がした。
ルカの心臓が、跳ねた。その声に、転がるように戸を開ける。そこには、父がいた。生きて、いつものように、朝の支度をしている、父が。
「父さん……父さん!」
ルカは、父に駆け寄り、その体に、力いっぱいしがみついた。あたたかい。確かに、生きている。冷たくなって倒れていた、あの父ではない。
「どうした、ルカ。子どもみたいに」父は、戸惑いながらも、優しく笑った。「ほら、リーナも待ってるぞ。今日は一緒に、川へ行く約束だっただろう」
リーナ。その名に、ルカはまた弾かれた。家を飛び出し、幼馴染の家へと走る。
「ルカ! おはよう」
リーナが、いた。青い石のネックレスを首にかけて、いつものように、明るく笑っている。最期に、瓦礫の中で握りしめていた、あのネックレス。それを身につけたリーナが、目の前で、生きて、笑っている。
「リーナ……リーナ、生きてる」
ルカの目から、涙があふれた。
「なに言ってるの、ルカ。また泣いてるの?」リーナは、呆れたように笑った。「相変わらず泣き虫なんだから」
その言葉も、その笑顔も、すべてが、かつての日々のままだった。
ルカは、悟った。これは、神の言っていた、幻なのだ。心の中に作られた、まやかしの世界。けれど——たとえ幻でも。たとえまやかしでも。失ったはずの父が、リーナが、ここにいる。それだけで、ルカの胸は、張り裂けそうなほどの喜びで満たされた。
ああ、もし。もしこのまま、ここにいられたら。もう一度、この穏やかな日々を、やり直せるなら。
ルカは、まだ知らなかった。この、優しすぎる幻こそが、これから始まる試練の、もっとも残酷な始まりであることを。




