第19話 声なき声
暗闇の中を、ルカは一歩ずつ進んでいった。
入り口の光は、すぐに背後で消えた。あたりは、墨を流したような闇に包まれている。それなのに、不思議と前へ進むことができた。まるで、足元だけが、見えない何かに照らされているかのように。冷たい空気が、頬を撫でていく。ルカは父の剣を胸に抱え、ただまっすぐに、闇の奥を目指した。
どれほど歩いただろう。ふいに、前方に、ぼんやりとした光が見えてきた。
それは、耳で聞く声ではなかった。頭の奥に、直接語りかけてくるような、不思議な声。男のようにも、女のようにも聞こえる。若くも、老いてもいる。あらゆる声が、ひとつに溶け合ったような響きだった。
ルカは、はっとあたりを見回した。けれど、誰の姿も見えない。
「あなたは……神様、ですか」
おそるおそる、ルカは問いかけた。
『そう呼ぶ者もいる』声は、静かに答えた。『私は、この世界を見守る者。千年の昔、お前の祖先に力を授け、魔王を退けさせた者だ』
ルカの胸が、高鳴った。父の言葉は、本当だったのだ。神は、実在した。そして、確かに自分を待っていた。
「で、でも」ルカは、思わず後ずさった。「僕は、こんなに弱いんです。剣だって、ろくに振れない。泣いてばかりで……そんな僕に、勇者なんて、務まるわけが」
『知っている』声は、ルカの言葉を、静かに遮った。『お前が弱いことも。お前が、これまでどれほど涙を流してきたかも。すべて、見ていた』
ルカは、うつむいた。
『だが、力を授けるには、条件がある』
声の響きが、わずかに変わった。それまでの穏やかさの底に、何か、ぞくりとするものが滲んだ。
『かつてお前の祖先に授けた力は、あまりに強大であった。並の人間の体では、心では、決して耐えられぬほどに。事実、その力を受け止められる者は、千年に、ただ一人であった』
ルカの背に、冷たいものが走った。
『力を授ける前に、お前の魂が、その力に耐えうるかを見極めねばならぬ。ゆえに、お前には試練を受けてもらう』声は、告げた。『心の、試練を』
「心の……試練?」
『これより、お前は、お前自身の心の中へと落ちていく。そこでお前が目にするものは、すべて幻だ。だが、その痛みは、本物だ』
声が、ゆっくりと遠ざかっていく。足元の光が、しだいに強くなっていく。
『耐えよ、ルカ。何を見ても、何を言われても。その心が砕けぬかぎり、お前は必ず、ここへ戻ってこられる』
「ま、待ってください! 試練って、いったい——」
ルカの問いは、最後まで届かなかった。
足元の光が、まばゆく弾けた。視界が、真っ白に染まる。体が、どこか深い場所へと、吸い込まれていく感覚。ルカは、なすすべもなく、その光の中へと呑み込まれていった。




