第18話 谷の祠
旅は、さらに幾日も続いた。
北へ進むにつれて、景色は、しだいにその姿を変えていった。緑は減り、岩肌が目立つようになり、空気はぴんと冷たく張りつめていく。人の住む集落も、もう見当たらなくなった。父が言っていた「北の谷」が、近いのだ。ルカは、そう確信した。
そしてある日、二人は、深い谷の入り口にたどり着いた。
切り立った崖に挟まれた、細い道。その奥は、霧に煙ってよく見えない。あたりは、不思議なほど静まり返っていた。風の音も、鳥の声もしない。まるで、世界から切り離されたような、厳かな静けさが満ちていた。
二人は、慎重に谷を進んだ。やがて霧が晴れたその先に、それは現れた。
古い、祠だった。
苔むした石段の上に、ひっそりと佇む、小さな社。どれほどの歳月、そこにあり続けたのか、見当もつかないほど、古びている。けれど、その朽ちかけた佇まいには、近づく者の背筋を正させるような、神聖な気配が宿っていた。間違いない。父が言っていた、神の待つ祠だ。
ルカが石段に足をかけようとしたとき、ドランが、ふと立ち止まった。
「……ここから先は、俺の行くところじゃないらしい」
ドランは、奇妙な顔をしていた。まるで、見えない壁にでも阻まれているかのように、それ以上、足を前に進められずにいた。
「どういうわけか、体が動かん。この祠は、お前だけを呼んでいるようだ、ルカ」
ルカは、不安げにドランを見上げた。ここまで、ずっとドランに守られてきた。一人で、この先へ進むのは、怖い。
その心を見透かしたように、ドランは、ルカの肩に、ごつごつとした手を置いた。
「怖いか。だが、これはお前の戦いだ。俺が代わってやれるもんじゃない」ドランの声は、静かだったが、力強かった。「行ってこい。俺はここで待っててやる。何があっても、必ず、生きて戻ってこい」
ルカは、こくりとうなずいた。そして、深く息を吸い込むと、一段、また一段と、石段を上っていった。
社の前に立つと、その奥に、ぽっかりと暗い入り口が口を開けていた。中からは、ひやりとした、けれどどこか懐かしいような空気が流れてくる。
ルカは、背の剣を握りしめた。父の形見。みんなの希望。
「……行きます」
誰にともなくつぶやき、ルカは、その暗闇の中へと、一歩を踏み出した。
ここから始まる試練が、自分の心を、根こそぎ砕きにかかることを——このときのルカは、まだ知らなかった。




