第12話 初めての魔物
森の中の細い道を歩いていたとき、ルカはふと、前方の茂みががさりと揺れたのに気づいた。風ではない。何かが、いる。
茂みをかき分けて姿を現したのは、犬のように大きな、黒い獣だった。ぬめる体、裂けた口、ぎらつく赤い眼。ひと目でわかった。魔物だ。村を滅ぼした、あの忌まわしい生き物。
ルカの体が、凍りついた。
逃げなければ。剣を抜かなければ。頭ではわかっているのに、足は地面に縫いつけられたように動かない。背の剣を抜こうにも、手はがたがたと震えるばかりで、柄を握ることすらできなかった。あの日と同じだった。村が燃えていたあのとき、炎の中で立ち尽くすことしかできなかった、あのときと。
魔物が、ぐるりと首を巡らせた。その赤い眼がこちらを向く寸前、ルカは弾かれたように身を翻し、近くの岩陰へと転がり込んだ。息を殺し、口を両手で覆い、必死に気配を消す。心臓が、壊れそうなほど激しく打っていた。
魔物は、しばらくあたりをうろついていた。長い、長い時間に思えた。やがて獲物を見失ったのか、のそりのそりと森の奥へ去っていく。その足音が完全に消えても、ルカはまだ動けなかった。
危機が去って、ようやくルカは岩陰から這い出した。助かった。けれど、その安堵はすぐに、別の感情に塗りつぶされていった。
——また、隠れた。
ルカは、自分の手を見つめた。震える、何の役にも立たない手。村が襲われたとき、自分は床下に隠れて生き延びた。そして、父も、リーナも死んだ。いままた、自分は岩陰に隠れて生き延びた。何も変わっていない。あのときから、自分は何ひとつ変わっていないのだ。
ルカは唇を噛んだ。悔しさで、また涙があふれた。けれどその涙は、悲しみだけのものではなかった。隠れることしかできない、弱い自分自身への、激しい怒りだった。




