表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第8章 大手広告代理店 國花 莉緒子(29)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/50

第49話 地獄の沙汰も運命次第

「……ぷっ」


 先に吹き出したのは莉緒子だった。


「な、なんですか?」

「だって、昼間のキメキメのスーツと全然違うんだもん。そのTシャツ、首元ヨレヨレじゃない」

「き、君だって! その部屋着、毛玉だらけですよ」


 信也も笑い返した。

 二人はパーティション越しに、お互いのダサい姿を指差して笑い合った。

 ひとしきり笑った後、信也が真剣な眼差しで莉緒子を見つめた。


「やっと会えましたね」

「……ええ。長かったわ」


 信也の手が、壁を越えて差し出される。

 莉緒子はその手を、恐る恐る、けれどしっかりと握り返した。

 温かい。

 指先だけの接触ではない。確かな体温が、掌から伝わってくる。


「月、今日も綺麗ですね」

「……死んでもいいわ」


 莉緒子が二葉亭四迷の訳で返すと、信也は嬉しそうに目を細めた。

 その夜、二人は壁を挟んだまま、けれど手だけは繋いだまま、夜が明けるまで語り明かした。

 マカロンの企画は、二人の共同名義で出し直すことになった。


+++


 季節が巡り、秋風が吹き始めた頃。

 莉緒子と信也の関係は、急速に進展していた。

 お互いの部屋を行き来し、壁越しの会話は、同じソファでの会話へと変わった。

 ライバル会社同士のカップルということで、周囲には秘密にしているが、その背徳感がまた二人の恋を燃え上がらせていた。


 そして、ある日曜日の朝。

 ベッドの中で、信也が切り出した。


「ねえ、莉緒子。そろそろ一緒に住まないか?」


 莉緒子はコーヒーカップを置き、彼を見つめた。


「同棲?」

「うん。お互いの部屋を行き来するのも面倒だし、家賃ももったいない。……それに、もっとずっと一緒にいたい」

「ふふ、合理的かつロマンチックね」


 莉緒子に異論はなかった。

 問題は場所だ。


「どこに住む? お互いの会社の中間地点?」

「いや、このマンションがいいと思うんだ」


 信也が天井を指差した。


「このレジデンス・アルゴス、気に入ってるんだよ。セキュリティは万全だし、静かだし。管理人さんはちょっと怖いけど、まあしっかりしてるし」

「確かに。住み慣れてるしね」

「調べたら、4階のファミリータイプの部屋に空きが出たらしいんだ。2LDKで、広さも十分。今の家賃を合わせるより安くなる」

「決まりね。灯台下暗しだわ」


 二人は善は急げとばかりに身支度を整え、不動産屋へと向かった。

 二人の年収を合わせれば、審査など通らないはずがない。

 新たな生活への希望に胸を膨らませ、二人は手を取り合って廊下を歩いた。


+++


 数日後。

 莉緒子と信也は、管理会社から呼び出しを受けた。

 場所は駅前の不動産屋のカウンターだ。


「……えっ? NG?」


 信也の声が裏返った。

 担当者は申し訳なさそうに頭を下げている。


「はい……。誠に申し上げにくいのですが、オーナー様より『入居NG』との判断が出まして……」

「な、なぜですか!? 僕たちは二人とも正社員ですし、年収も基準を大幅に超えているはずです。今の部屋での家賃滞納も一度もありません!」


 莉緒子も身を乗り出した。


「そうよ! どうして審査に落ちるの? 理由を教えてください!」

「それが……オーナー様からは『総合的な判断』としか……。これ以上の理由は開示されない契約になっておりまして……」


 担当者は冷や汗を拭いながら、視線を泳がせた。

 彼自身も理不尽だと思っているのだろう。だが、このマンションのオーナーは絶対君主だ。彼の意向には誰も逆らえない。


「そんな……納得できません!」

「申し訳ありません……」


 押し問答の末、二人は肩を落として不動産屋を出た。

 秋晴れの空が、やけに眩しく、そして恨めしかった。


「どういうことなのよ……。私たちの何がいけないって言うの?」


 莉緒子が悔し涙を滲ませる。

 信也は黙って彼女の肩を抱いた。

 彼の頭脳が、高速で状況を分析し始めていた。


「……莉緒子。このマンション、やっぱりおかしいよ」

「え?」

「前から思ってたんだ。満月の夜の防犯灯のタイミングといい、管理人の過剰な干渉といい、そして今回の謎の審査落ち。……ここは、僕たちが住むべき場所じゃないのかもしれない。逆にNGにしてくれてよかったと思える場所を一緒に探そう」


 信也は振り返り、遠くに見えるレジデンス・アルゴスの要塞の外観を見上げた。

 百の目を持つ巨人、アルゴス。

 その目は、住人を守るためではなく、監視し、搾取するためにあったのだと、彼は直感的に悟った。


「出よう、ここを」

「えっ……でも、違約金がかかるわ。半年未満だから、家賃二ヶ月分……二人合わせたら相当な額よ」

「構わない。君との時間にお金は惜しまないさ。すべて僕が払うよ」


 信也の言葉には、迷いがなかった。


「お金はまた稼げばいい。でも、僕たちのこれからの生活は、誰にも邪魔されたくない。……あんな薄気味悪い『箱庭』の中で、暮らすのはごめんだ」

「信也……」

「新しい部屋を探そう。もっと普通の、ボロくてもいいから、僕たちだけの自由な場所を」


 莉緒子は彼を見つめ、そして強く頷いた。


「そうね。……あなたが隣にいれば、どんな障壁も苦じゃないわ」

「壁があってもなくても、僕たちは繋がり合えるからね」


 二人は手を繋ぎ直した。

 損をしたはずなのに、不思議と心は晴れやかだった。

 搾取される前に、自ら檻を出る。それは、彼らが初めて「運命」を自分たちの手で選び取った瞬間だった。


+++


 一週間後。

 引っ越し業者のトラックが、レジデンス・アルゴスの前で荷物を積み終えた。

 莉緒子と信也は、空になったそれぞれの部屋に鍵をかけ、管理人に手渡した。


「お世話になりました」

「……ふん。立つ鳥跡を濁さず、ですぞ。破損を見つけた場合の請求は後日送りますよ」


 管理人は憎々しげに捨て台詞を吐いたが、二人は笑顔で「はい、楽しみにしています」と返し、颯爽とエントランスを出て行った。


 レジデンス・アルゴス。

 そこは今日も、百の瞳が獲物を待ち構える、美しくも残酷な狩り場であり続けている。


第8章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

感想や評価☆いただけると執筆の励みになります。

続きを思案中です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ