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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第8章 大手広告代理店 國花 莉緒子(29)

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第46話 競合他者

 数日後。

 都内某所の高層オフィスビル、プレゼンテーションルーム。

 空調の効いた室内には、張り詰めた緊張感が漂っていた。


 國花くにはな莉緒子りおこは、磨き上げられたパンプスでカツカツと床を鳴らし、演台の前に立った。

 今日の彼女は「戦闘モード」だ。

 仕立ての良いネイビーのパンツスーツに身を包み、髪は一分の隙もなくまとめ上げられている。家でジャージを着て柿の種をかじっていた干物女の面影は、微塵もない。


「それでは、ご提案させていただきます」


 莉緒子は凛とした声で切り出した。

 クライアントは、老舗洋菓子メーカーの重役たち。今回の新商品である「月」をテーマにした高級マカロンのプロモーションは、彼らの社運を賭けた一大プロジェクトだ。


 スクリーンにスライドが映し出される。

 タイトルは、『壁が溶けるとき、恋は甘くなる』。


「現代社会において、人と人との距離は複雑です。SNSで繋がっていても心は遠い。電波で近くにいても、決して交わらない関係がある」


 莉緒子の脳裏に、あの夜のベランダが浮かんでいた。

 顔も名前も知らない隣人。

 分厚いパーティション。

 けれど、その壁一枚を隔てて共有した、甘く切ない沈黙の時間。


「今回のマカロンの構造に着目しました。上下の生地に間に挟まったクリームは、二人を隔てる『壁』です。間には甘いクリームが満ちている」


 彼女は手元のクリッカーを押し、メインビジュアルを表示させた。

 会場から「おお……」と感嘆の声が漏れる。


 それは、夜のベランダを描いた幻想的なイラストだった。

 月明かりの下、部屋着姿の女性が目を閉じ、壁の向こうの気配を感じながらマカロンを口元に運んでいる。

 表情は切なく、しかしどこか満たされている。


「でも、口に含んで目を閉じれば、そのクリームは体温で溶け出し、二つの魂を一番甘い場所で結びつけます」


 莉緒子は会場を見渡し、自信を込めて殺し文句を放った。


「見えないからこそ、味わいたい。隔てられているからこそ、一つになりたい。これは、もどかしい恋心を抱えるすべての女性に贈る、『食べるラブレター』です」


 プレゼンが終わると、会場は静寂に包まれ、やがて大きな拍手が巻き起こった。

 クライアントの担当者が大きく頷いている。

 手応えは十分だった。

 莉緒子は内心でガッツポーズをし、優雅に一礼して演台を降りた。


(勝った。これはいただいたわ)


 席に戻り、水を一口飲む。

 自分の才能が怖い。いや、あの夜、壁越しに相談に乗ってくれた彼のおかげかもしれない。

 今夜は彼に、最高級のビールでお礼をしなくては。

 そんなことを考えていると、司会者が次のプレゼンターを呼び込んだ。


「続きまして、株式会社アド・ブレイク、伊多波いたなみ様。お願いいたします」


 現れたのは、細身のスーツを着こなした長身の男だった。

 三十代前半だろうか。理知的だが、どこか神経質そうな顔立ちをしている。

 彼がライバル代理店のクリエイティブディレクターだということは知っていたが、顔を合わせるのは初めてだ。


 男――伊多波信也は、無表情にPCを接続し、マイクを握った。


「ご紹介に預かりました、伊多波です。……先ほどの國花様のご提案、大変素晴らしいものでした」


 彼はチラリと莉緒子の方を見た。その視線には、なぜか冷ややかな光が宿っているように見えた。


「しかし、私の提案は、その『壁』を、別の視点から捉えたものです」


 スクリーンにタイトルが表示された。

 『月まで届く距離、壁一枚の純愛』。


 莉緒子は眉をひそめた。

 月? 壁? 愛? キーワードが被っている。まあ、今回のテーマが月だから偶然だろう。

 だが、信也が語り始めた瞬間、莉緒子の背筋に冷たいものが走った。


「現代人は、近すぎて見えなくなっている。でも僕は……私たちは知っています。『たった一枚の壁』が、どれほど愛を育てるかを」


 そのフレーズ。その言い回し。

 どこかで聞いたことがある。

 いや、聞いたのではない。私が作り上げたコンセプトそのものではないか。


 信也は会場のスクリーンを見ず、虚空を見つめて語り始めた。まるで、誰か特定の一人に話しかけるように。


「マカロンの上下の生地は、手を伸ばしても届かない二人です。間のクリームは、邪魔な障壁ではなく、二人が共有している『甘い時間』そのものです」


 莉緒子の心臓が早鐘を打つ。

 まさか。

 どういうこと?

 これは私のアイデアだ。

 なぜ、この男がほぼ同じ内容でプレゼンしてきた?

 まさか、パソコンをハッキングされてパクられた? そんな、まさか。


 混乱する莉緒子をよそに、信也のプレゼンは熱を帯びていく。

 理屈っぽい分析から入りながらも、その言葉の端々には、隠しきれないロマンチシズムが滲み出ていた。


「顔も知らない君へ。……このマカロンを噛み砕いて、今すぐ君に会いに行きたい」


 それが彼の殺し文句だった。

 会場の女性社員たちが、うっとりとため息をつく。

 そして、信也がスライドを切り替えた瞬間、莉緒子は息を飲んだ。


 表示されたビジュアル。

 それは、夜のベランダで、男性がパーティションに背中を預け、見えない隣人に向かってマカロンを差し出しているイラストだった。


 構図が、莉緒子のものと完全に左右対称になっていた。


 もし、莉緒子のスライドと信也のスライドを並べたとしたら。

 壁を挟んで背中合わせになっている男女が、互いを想い合う、一枚の完璧な絵画が完成してしまう。


「なっ……!?」


 莉緒子は思わず立ち上がりそうになるのを、必死で堪えた。

 偶然の一致なんてレベルではない。

 これは、盗作だ。

 それも、極めて悪質な。


 信也の方を見る。

 彼もまた、プレゼンを終えて莉緒子の方を見ていた。

 その目は驚愕に見開かれ、そしてみるみるうちに軽蔑と怒りの色に染まっていくのが分かった。

 彼もまた、思っていたのだ。

 「パクられた」と。


+++


 コンペ終了後。

 会場を出た廊下の突き当たりで、二人は示し合わせたように足を止めた。

 周囲に人がいないことを確認すると、莉緒子は鬼の形相で信也に詰め寄った。

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