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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第7章 サーカス団長 ダンディ伊豆崎(37)

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第39話 解き放たれた本能

 一方、レジデンス・アルゴス、一〇三号室。


 カチャリ 


 無機質な機械音が、お留守番をするナポレオンのすぐそばで微かに響いた。


 リビングの掃き出し窓。

 そこに設置されたスマートロックが、音を立てて解錠され窓が少し開けられた。

 さらに、下げられていた雨戸の電動シャッターがウィーンと低いモーター音を立て、下から三十センチほど持ち上がった。


 破壊した給餌器の残骸の中で、フスフスと荒い息を吐いていたナポレオンが、その音に反応して耳を立てた。

 シャッターと窓の隙間から、新鮮な外の空気が流れ込んでくる。

 風の匂い。

 小鳥のさえずり。

 車の走行音。


 完全防音の密室で育ったナポレオンにとって、それは未知なる世界からの誘惑だった。

 空腹のイライラも相まって、彼の好奇心は一点に集中する。


 ナポレオンは給餌器の残骸を蹴り飛ばし、窓へと歩み寄った。

 鼻を隙間に押し当て、クンクンと匂いを嗅ぐ。

 外に出たい。

 この狭い檻から出て、もっと広い世界で獲物を探したい。冒険が待ち受けている。

 本能がそう囁いていた。


+++


 同時刻。

 マンションの裏手にある専用庭のフェンスの外に、人影があった。

 恋人のルミコである。


 昨夜、伊豆崎の家を突き止めた彼女は、今日は非番を利用して完全に臨戦態勢に入っていた。

 動きやすいパンツスーツにスニーカー。長い髪は後ろで束ねている。

 その表情は、空中ブランコで飛ぶ直前のような集中力と、修羅の如き決意に満ちていた。


「……いるわね」


 ルミコは一〇三号室の窓を睨みつけた。

 雨戸のシャッターがほぼ閉まっているが、気配は感じる。

 伊豆崎は仕事に行っているはずだ。

 ならば、今部屋にいるのは「私以外の女」か「隠し子」に違いない。


「今日こそ、白黒つけてやる」


 完全に理性を失い妄想に取り憑かれている。

 インターホンを押しても居留守を使われるのは目に見えている。

 ならば、直接乗り込むしかない。

 彼女は周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、軽やかな身のこなしでフェンスに足をかけた。

 サーカスで鍛えた身体能力にかかれば、一階の庭への侵入など造作もないことだ。


 タンッ、と音もなく芝生に着地する。不法侵入だがおかまいなし。

 専用庭を進み、窓へと近づく。


「……!?」


 ルミコは目を見開いた。

 電動シャッターが、少しだけ開いている。

 換気だろうか?

 好都合だ。これなら中の様子が伺えるかもしれない。


 彼女は息を殺し、窓の下へと忍び寄った。

 心臓が早鐘を打つ。

 浮気相手と鉢合わせたら、何を言ってやろうか。

 いや、まずは証拠写真を撮るのが先か。

 様々なシミュレーションが脳内を駆け巡る。


 ルミコはゴクリと唾を飲み込み、外からベランダへ近づいた。


+++


 首都高速道路を走るタクシーの中。

 伊豆崎は貧乏ゆすりが止まらなかった。


「運転手さん、もっと急げないか!? 倍払うから!」

「いやぁ、お客さん。そう言われても渋滞でしてねぇ」


 のんびりした運転手の返答に、伊豆崎はギリギリと歯噛みする。

 手元のスマホ画面には、絶望的な状況が映し出されていた。


 見守りカメラの画角内で、リビングの窓が開いてしまっている。

 そして、ナポレオンの姿がどこにもない。

 部屋の中には、破壊された給餌器と、風に揺れるカーテンだけが残されている。


「ああっ……! 嘘だろ……!?」


 伊豆崎は頭を抱えた。

 窓が開いた? なぜ? オートロックのはずだ。雨戸も閉まっていたはずだ。破壊した?

 そんなことより、ナポ凛だ。

 あの子が外に出たらどうなる。

 まだ子供とはいえ、ライオンだ。近所の犬猫とは訳が違う。もし人を襲ったら……いや、逆に車に轢かれたり、保健所に連れて行かれたりしたら……!


「私のナポ凛が……パパのベイビーが……!!」


 伊豆崎の目から涙が溢れ出す。

 猛獣使いとしてのキャリアも、社会的地位もどうでもいい。ただ、愛する我が子の安否だけが心配だった。


 さらに、画面の端に「何か」が映り込んだのを見て、伊豆崎の血の気が引いた。

 庭の方から、黒い影が窓に近づいてくる。

 長い髪。パンツスーツ。

 見間違えるはずがない。


「ル、ルミコ……!?」


 最悪のタイミングだ。

 猛獣が逃げ出しそうな窓の外に、嫉妬に狂った恋人が立っている。

 これが意味することは一つ。

 破滅だ。


「あああああ! ダメだ! 入るな! それ以上近づかれては全てが終わる!!」


 車内で絶叫する伊豆崎に、運転手がビクッとしてバックミラーを見た。

 しかし、そんな忠告が届くはずもない。

 伊豆崎はただひたすらに神に祈った。ナポ凛の無事を。

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