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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第7章 サーカス団長 ダンディ伊豆崎(37)

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第38話 団長の焦り

 翌日。有明・ワンダー・サーカスの巨大テント内は、張り詰めた空気に包まれていた。

 地上七メートルの高さに張られた一本の鋼鉄のワイヤー。

 その上を、一人の若手団員が長いバランス棒を持って、震える足で渡ろうとしている。

 下で見守る団員たちは、固唾を呑んでその様子を見守っていた。


「腰が高い! 視線は常に十メートル先だと言っただろう!」


 パイプ椅子に座るダンディ伊豆崎いずさきの怒号が飛ぶ。

 若手団員がビクリと肩を震わせ、バランスを崩しかけるが、なんとか持ち直した。


「恐怖に支配されるな。ワイヤーを支配しろ。貴様が創造主だ」


 伊豆崎は腕組みをして、サングラスの奥から鋭い眼光を放っている――ように見えた。

 団員たちは、その威厳ある姿に畏怖し、尊敬の念を抱いている。

 だが、事実は異なる。

 伊豆崎の腕組みをした手の中には、スマートフォンが隠されていた。そしてサングラスの奥の瞳は、ワイヤーの上の団員ではなく、手元の小さな画面に釘付けになっていたのだ。


 画面に映し出されているのは、彼の自宅『レジデンス・アルゴス』一〇三号室のリビングだ。

 マンションから無料貸し出しさせてもらった、ペット見守りカメラのライブ映像である。


(ああ……ナポりん……)


 伊豆崎の心の声は、とろけるように甘かった。

 画面の中央、破壊された高級ソファの上で、ナポレオンが仰向けになって眠っている。

 ピンク色の猫耳フード付きパジャマを着たお腹が、呼吸に合わせて上下している。無防備に放り出された太い前足の肉球が、たまらなく愛おしい。


(なんて天使なんだ。いや、天使を超えた神獣だ。今すぐそのお腹に顔を埋めてスーハースーハーしたい……)


 伊豆崎は必死にニヤけそうになる口元を引き締め、厳しい表情を作った。


「おい、そこで止まるな! 歩みを止めることは死だぞ!」


 適当な激を飛ばしつつ、彼はアプリの操作画面をタップした。

 時刻は午後三時。ナポレオンの「おやつタイム」だ。

 伊豆崎は外出中も世話ができるよう、最新式の「スマート給餌器」を導入させてもらっていた。アプリのボタン一つで、事前にセットした上質な鶏肉やミルク配合の固形フードが出てくる仕組みだ。


(さあ、おやつでちゅよ~。起きてくだちゃいね~)


 彼は心の中で赤ちゃん言葉を唱えながら、「給餌」ボタンをタップした。

 通常なら、画面の中で給餌器が作動し、軽快なメロディと共にフードが皿に落ちるはずだ。

 ナポレオンが飛び起き、尻尾を振ってガツガツと食べる姿が見られるはずだった。


 しかし。

 画面の中の給餌器は、沈黙したままだった。


(……ん? ラグか?)


 伊豆崎は眉をひそめ、もう一度ボタンを押した。

 『通信エラー』の文字も出ない。反応がないのだ。

 何度タップしても、給餌器はうんともすんとも言わない。


 その時、画面の中のナポレオンがむくりと起き上がった。

 鼻をヒクヒクさせ、給餌器の方を見る。体内時計は正確だ。おやつの時間だと分かっているのだ。

 ナポレオンは給餌器の前に行き、「クゥン?」と可愛らしく鳴いた。


(ごめんね! 今出すからね! おかしいな、故障か?)


 伊豆崎の額に冷や汗が浮かぶ。

 ナポレオンは待っていた。一分、二分。

 しかし、ご飯は出てこない。

 次第に、ナポレオンの尻尾がイライラと左右に揺れ始めた。

 

 「ガウッ!」


 ナポレオンが前足で給餌器を叩いた。

 ドン! という音がマイク越しに聞こえる。

 それでも反応がないと見るや、百獣の王の気質が顔を覗かせた。


 ガシャーン!!


 ナポレオンは強烈な猫パンチ――いや、ライオンパンチをお見舞いし、給餌器をなぎ倒した。

 蓋が外れ、中のフードが床に散らばるかと思いきや、ロック機構が働いて蓋は閉じたままだ。

 目の前に餌があるのに食べられない。

 ナポレオンの怒りが頂点に達した。


 バリバリバリッ! ガブッ! バキバキッ!


 プラスチックの破砕音が響き渡る。ナポレオンは給餌器に噛みつき、爪を立て、徹底的に破壊し始めた。

 だが、その破片を誤飲でもしたら大変だ。


「あっ、やめろッ!!」


 伊豆崎は思わず大声で叫んで立ち上がった。

 綱渡りをしていた団員が、その怒声に驚いてバランスを崩し、命綱にぶら下がった。

 

「だ、団長!? すいません、集中力が……!」

「え? あ、いや、今のはお前じゃなくて……!」


 伊豆崎は真っ青な顔でスマホを握りしめた。

 このままではナポ凛が怪我をする。それに、空腹で暴れ出したら部屋がどうなるか分からない。防音ドアとはいえ、本気で咆哮されたら外に漏れる可能性もある。


「くそっ、緊急事態だ!」


 伊豆崎はコートを翻した。


「お前たち、今日はここまでだ! 各自、自主練に励むように! 私は……重要な商談に行ってくる!」

「えっ、団長!? まだ練習時間は……」


 団員たちの声を無視し、伊豆崎はテントを飛び出した。

 走りながらタクシー配車アプリを開く指が震えている。


(待っててくれナポ凛! パパが今すぐ助けに帰るからな!)

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