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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第6章 美容整形外科医 日矢倉 亨(38)

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第29話 完全な顔へのドライブ

「ただの整形じゃ嫌なの。……あなたの『一番好きな顔』にしてほしいの」


 その言葉を聞いた瞬間、亨の表情が凍りついた。

 時が止まったような静寂。

 玲子は内心でほくそ笑んだ。

 男にとって「一番好きな顔」と言えば、好きなアイドルか女優、あるいは初恋の相手だろう。

 亨の好みはわからないが、彼のような神経質なエリートは、大抵清楚な美人を好む。

 どんな顔にされようと、今の「手配写真の顔」よりはマシだ。別人にさえなれれば、それでいい。


「……本当に? 僕の、理想の顔にしていいの?」


 亨の声が震えていた。

 彼は信じられないものを見るように、玲子の顔を凝視している。

 その目は、恋人の目ではなく、品定めをする芸術家の目であり、振って舞い降りた宝物を見る目であった。


「ええ。すべてあなたに任せるわ。あなたの好みの女になって、あなたとずっと一緒にいたいの」

「ああ……!」


 亨は感極まったように声を上げ、玲子を押し倒した。

 ソファの上に玲子の体が沈む。

 上から覆いかぶさった亨は、恍惚とした表情で玲子の顔のあちこちを撫で回した。


「約束だよ。君を、世界で一番美しい……僕だけの『聖女』にする」

「……ええ、お願い」


 亨の手は、愛撫というよりは触診に近かった。骨格を確かめ、皮膚の厚みを測り、筋肉の動きを読む。

 その冷徹な指先の動きに、玲子はわずかな寒気を覚えたが、すぐに打ち消した。

 これで逃げ切れる。

 新しい顔と、この男の財産。そのお金で新しい戸籍を買えばいい。

 すべてが手に入るのだ。


+++


 手術の日程は、翌週の週末に決まった。

 場所は、亨が経営する『日矢倉美容クリニック』。休診日を利用して、極秘に行うことになった。


「誰にも見られないように、深夜に移動しよう。スタッフも帰した後だ」

 亨は手際よく計画を立てた。医師としての彼は有能そのものだった。

「術後はしばらく腫れが引かないから、一週間ほどクリニックの特別室に入院してもらうことになる。その間、僕が専任で看病するよ」


 出発の夜。

 玲子は深々と帽子をかぶり、マスクで顔を覆った。

 最後に401号室を見渡す。

 殺風景ではないが、どこか無機質なデザイナーズマンションの一室。次にここに戻ってくる時は、私は別人になっている。


「ねえ、レイさん」

 玄関で靴を履いていると、亨が背後から声をかけてきた。

 玲子が振り返ると、彼は少年のように目を輝かせていた。


「君が退院して戻ってくるまでに、この部屋をリフォームしておくよ」

「リフォーム?」

「ああ。君の新しい顔にふさわしい、最高の空間にしておく。家具もカーテンも、全部変えるつもりだ」


 玲子はパッと顔を輝かせた。

(やっぱり金持ちは違うわね。私のためにインテリアを一新する気だわ)

 きっと、高級なイタリア製家具や、シャンデリアが輝くような部屋になるのだろう。

 この男のセンスは悪くない。今の部屋もシンプルモダンで悪くないが、もっとゴージャスな方が好みだ。


「嬉しい! 楽しみにしてるわ。どんなお部屋になるのかしら」

「驚かないでくれよ? きっと、君も気に入るはずだ。……嬉しくて、涙が出るくらいにね」

「ふふ、ハードル上げますね」


 玲子は亨の腕に手を回し、甘えた声を出した。

 亨は「懐かしい」という言葉を多用する。きっと、彼の中の美学はクラシックで伝統的なものなのだろう。アンティーク家具で揃えられた部屋を想像し、玲子の期待は膨らむばかりだった。


 二人は深夜、家を出た。

 4階の廊下を歩きながらエレベーターへ向かう足音が、静寂に吸い込まれていく。

 

 その時、エレベーターの現在地階数が「5」になっている。

 ボタンを押して少し待つ。エレベータが到着した。

 誰かが乗っている?

 こんな時間に?それも上から?


「……ッ!」

 玲子は身を強張らせた。

 もし管理人だったら。もし私の事を知っている誰かだったら。


 チーン。

 扉が開く。


 中にいたのは、ジャージ姿の猫背の男だった。

 手には小銭入れとスマートフォンを持っている。

 501号室の住人、つまりこのマンションのオーナーだ。

 玲子は以前、廊下ですれ違ったことがある。昼間から酒臭く、覇気のないダメ人間。


 男は二人を一瞥もしない。

 気だるげにあくびを噛み殺しながら、壁を見つめて顎を上げながら何かを考えている。

 

(なんだ、あの不敵なオーナーか……)

 玲子は胸を撫で下ろした。

(こんな無気力な男がオーナーだなんて、このマンションも先が思いやられる。まあ、セキュリティさえしっかりしていれば、オーナーが誰だろうと関係ないが)


 その時、男の口元が、ニヤリと歪んだように見えたのは気のせいだろうか。


 扉が閉まり、エレベーターが下降を始める。

 玲子は身震いした。

 何コレ。気持ち悪い。


 1階でエレベータが止まると、男はふらふらとコンビニの方へ出て行った。


「寒かったかい? レイさん」

 亨が心配そうに肩を抱く。

「ううん、大丈夫。……早く行きましょう、亨さん。新しい私になりに」


 地下駐車場には、亨の愛車である黒塗りの高級セダンが待っていた。

 助手席に乗り込み、シートベルトを締める。

 エンジンがかかり、重厚な振動が体に伝わる。


 車は夜の闇へと滑り出した。

 玲子は窓の外を流れる街灯を見つめながら、勝利の予感に酔いしれていた。

 これが、地獄へのドライブだとも気づかずに。


 隣でハンドルを握る亨は、口ずさんでいた。

 誰にも聞こえないほどの小さな声で、古い童謡のようなメロディを。


「どんぐり ころころ どんぶりこおいけにはまって さあたいへん……」


 その横顔は、雨の日の墓地で見せたような弱々しいものではなく、メスを握る医師の冷徹さと、狂信者のような熱を帯びていた。

 

「もうすぐ会えるね。……さん」


 その呟きは、エンジンの音にかき消され、玲子の耳には届かなかった。

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