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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第6章 美容整形外科医 日矢倉 亨(38)

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第27話 隠れ家

「すごい……お医者様だったんですね」

「いや、そんな大したもんじゃないよ。ただ、希望する人生を歩めるようお手伝いするだけの仕事さ」

「いいえ、素晴らしいお仕事ですわ。人に自信を与える魔法使いみたい」

 

 玲子の歯の浮くようなお世辞に、亨は頬を染めた。

 

「……魔法使い、か。あの人もそう言ってくれたな」

「お亡くなりになった方?」

「うん。あの人は、僕の唯一の理解者だったんだ。僕が医者になれたのも、クリニックを開けたのも、身内で唯一応援してくれたあの人のおかげで……」


 よくわからなかったが、両親か兄弟、はたまた妻といったところだろうか。これ以上踏み込むと地雷に当たるかもしれない。一旦話を変えて様子を見ることにした玲子。


 墓場での様子を見るに「包容力のある女」を演じれば、この男は簡単に落ちる。


「……でも、今はもう一人ぼっちだ。あの広い家に帰るのが怖いんだ」

 亨が寂しげに呟いた。

「家?」

「うん。実は最近、引っ越したばかりなんだ。あの人との別れが辛すぎて、新しい場所を選んだんだけど……広すぎて」


 亨はスマホを取り出し、マンションの写真を見せた。

 『レジデンス・アルゴス』。

 画面に映し出されたのは、要塞のような重厚な石造りのマンションだった。


「すごい……お城みたい」

「セキュリティが自慢らしくてね。要人向けのマンションらしいんだ。ここなら、静かに暮らせると思って」


 玲子の目が光った。

 堅牢なセキュリティ。外部からの侵入を拒む要塞。

 それは今の玲子が喉から手が出るほど欲しているものだ。そこに入り込めれば、警察もマスコミもシャットアウトできる。


「……素敵ですね。そんな場所に守られて暮らせたら、どんなに安心か」

 玲子は伏し目がちに呟いた。

「私なんて、今……ストーカーに追われていて、帰る家もないんです」

「えっ!?」

 亨が身を乗り出した。

「ストーカーだって? 君みたいな素敵な女性を……許せない!」

「警察に相談しても動いてくれなくて……毎日、ビジネスホテルを転々としていて……もう、疲れちゃいました」


 玲子は目元を拭う仕草をした。

 亨の「守ってあげたいスイッチ」が作動する音が聞こえるようだ。

 案の定、亨は玲子の手を取り、真剣な眼差しで言った。


「レイさん。もしよかったら……僕の家に来ないか?」

「えっ……でも、ご迷惑じゃ」

「迷惑なもんか! 部屋は余ってるし、僕も……一人でいるのが辛いんだ。君がいてくれたら、僕も救われる気がする」


 亨の瞳は潤んでいた。

 自分は善行をしている、可哀想な女性を救う騎士ナイトだ、と信じ込んでいる目だ。

 その裏にある、誰かからの温もりを求める幼稚な依存心には気づいていない。


「……本当に、いいんですか?」

「もちろんさ。さあ、行こう。僕の車は……あ、今日はタクシーだったな。タクシーを呼ぶよ」


 亨がウェイターを呼ぶ。

 玲子は男の背中を見つめながら、マスクの下でにんまりと笑った。

 (チョロすぎ。うまく整形までこぎつけて、終わってほとぼりが冷めたら、こいつの財産奪ってドロンよ)


+++


 タクシーは雨の中を走り、高級住宅街へと滑り込んだ。

 車窓から見える『レジデンス・アルゴス』は、威圧的だった。

 外壁は高く、窓は小さく、中の様子を窺い知ることはできない。

 まさに、要塞だ。


「着いたよ、レイさん」

 亨がスマートウォッチでタクシー代を支払い、エスコートするようにドアを開けた。

 エントランスへ向かうアプローチには、屋根がついている。雨に濡れる心配はない。


 自動ドアが開き、ロビーへと足を踏み入れる。

 ひやりとした冷気と共に、静謐せいひつな空気が二人を包み込んだ。

 正面には、巨大なオブジェが鎮座している。

 孔雀くじゃくだ。

 金属で作られたその羽は、天井まで届くほど大きく広げられ、無数の宝石のような装飾が埋め込まれている。

 

「きれい……」

 玲子は思わず声を漏らした。

 だが、よく見るとその装飾の一つ一つが、まるで「目」のようにこちらを見下ろしている気がして、背筋が薄ら寒くなった。

 

「孔雀は百の目を持つと言われているんだ。このマンションの守り神みたいなものかな」

 亨が得意げに説明する。

「さあ、エレベーターへ」


 亨に促され、ロビーを横切ろうとした時だった。

 エントランスの脇にある管理人室の小窓が開いているのが見えた。

 中には、制服を着た白髪の男が座っている。

 管理人だ。元刑事だと噂されるその男は、老眼鏡をかけ、険しい顔で夕刊を広げていた。


 玲子の心臓がドクンと跳ねた。

 管理人が読んでいる新聞の紙面。

 そこには、『結婚詐欺師・黒浦玲子 指名手配』という見出しと共に、玲子の顔写真がデカデカと掲載されていたのだ。


(ヤバい……ッ!)


 玲子は反射的に亨の陰に隠れ、顔を背けた。

 もし今、管理人が顔を上げたら。

 もし今、亨が「お客さんを連れてきたよ」なんて声をかけたら。

 すべてが終わる。


 数メートルという距離が、無限に感じられた。

 管理人が新聞をめくる音が、雷鳴のように響く。

 亨は何食わぬ顔で歩いていく。彼は自分の世界に浸っていて、管理人の存在など目に入っていないようだ。


 ――カサッ。

 管理人が新聞を置こうとした、その瞬間。


「……ふん、最近の若いもんは」

 管理人が独り言を呟き、手元の湯飲みに視線を落とした。


 セーフ。

 その隙に、二人はエレベーターホールへと滑り込んだ。

 銀色の扉が開き、二人を飲み込む。

 扉が閉まった瞬間、玲子は肺の中の空気をすべて吐き出した。

 冷や汗が背中を伝う。

 

(危なかった……。でも、ここに入ってしまえばこっちのものよ)

 

 エレベーターは滑らかに上昇を始める。

 表示板の数字が4に変わった。


「401号室だ。角部屋でね、一番静かなんだよ」

 亨が優しく微笑みかける。

 玲子もまた、極上の笑顔を返した。


「ありがとうございます、亨さん。私……あなたに出会えて本当によかった」


 それは、半分は本心だった。

 この完璧な隠れ家と、整形外科医という最高のカードを手に入れたのだから。


 チーン、と到着音が鳴る。

 扉が開くと、そこにはホテルのような内廊下が広がっていた。

 静かだ。あまりにも静かすぎる。

 まるで、外界から完全に遮断された異界のようだ。


 亨が鍵を開け、重厚なドアを押し開く。

 

「ようこそ、僕たちの城へ」


 玲子は一歩、部屋へと足を踏み入れた。

 その瞬間、彼女は勝利を確信した。

 ここなら誰も来ない。誰にも見つからない。

 私はここで生まれ変わり、この哀れな男の金を吸い尽くして、新しい人生を始めるのだ。


 部屋の奥から漂う、微かな線香の匂いに、彼女はまだ気づいていなかった。

 そして、天井の四隅にある火災報知器のセンサーの奥で、極小のレンズが静かに彼女の顔を捉え、フォーカスを合わせていることにも。


 モニターの向こう側で、誰かが観測している気配など、知る由もなかった。

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