第25話 消えた夜明け
リナとサクラも事態を察し、顔面蒼白で崩れ落ちそうになる。
作り笑顔が剥がれ落ち、恐怖と絶望に歪んだ素顔が、メインカメラに晒される。
視聴者は、その「落差」を目の当たりにし、さらにヒートアップする。
――バンッ!!!
その時、玄関のドアが乱暴に開け放たれた。
土足のままリビングに飛び込んできたのは、血相を変えたマネージャーと数名のスタッフだった。
「配信を切れ! 今すぐ電源を抜け!!」
マネージャーの怒号が飛ぶ。
スタッフがカメラに駆け寄り、ケーブルを引き抜く。
プツン、とモニターの映像が消えた。
部屋に、重苦しい静寂が訪れる。
「……お前ら」
マネージャーは肩で息をしながら、床にへたり込んだ四人を見下ろした。その目は、失望を通り越して、汚物を見るような冷たさを帯びていた。
「終わったぞ。何もかも」
+++
翌日。
大手芸能事務所アススター興業の公式サイトに、無機質なプレスリリースが掲載された。
『研究生プロジェクトの中止、および所属タレントの契約解除について』
本来であれば、本日の配信フィナーレで華々しく発表されるはずだったデビュー。
決まっていたグループ名は『Daybreak』。
「夜明け」を意味するその名は、皮肉にも、彼女たちの夜明けが永遠に来ないことを告げる墓標となった。
夜明けを待たずして、彼女たちの夢は闇に葬り去られたのだ。
304号室のリビングは、昨日までの熱狂が嘘のように静まり返っていた。
ただし、平和な静けさではない。通夜のような重苦しさだ。
テーブルの上には、事務所の法務担当者が持ってきた書類の束が置かれている。
「違約金、および損害賠償請求書」
決まっていたCMスポンサーへの謝罪、中止になったプロモーション費用、イメージダウンによる損失。
そこに記された金額は、彼女たちが一生かかっても返しきれないほどの数字だった。
「……サインしなさい」
事務的な口調で促され、四人は震える手でペンを走らせる。
泣き叫ぶ気力すら残っていなかった。
未来は完全に閉ざされた。
「アイドルになりたい」という夢は、莫大な借金という現実となって、彼女たちの首に重くのしかかった。
「荷物をまとめて。一時間以内に退去だ」
マネージャーは、最後まで彼女たちと目を合わせようとしなかった。
四人は幽霊のようにフラフラと立ち上がり、自分の荷物をキャリーケースに詰め込んだ。
夢のために買い揃えたレッスン着も、ファンからもらった手紙も、すべてがゴミに見えた。
華やかなパステルカラーのクッションや、北欧風の家具は、レンタル業者が次々と運び出していく。
夢の城だった304号室は、みるみるうちに解体され、ただの無機質な箱へと戻っていく。
「行こう……」
カレンが掠れた声で呟く。
リーダーとしての威厳も、聖女の輝きも、今の彼女にはない。ただの、人生に失敗した疲れた女がそこにいた。
ミウも、リナも、サクラも、無言で頷くことしかできない。
彼女たちは逃げるように、顔を隠して部屋を出て行った。
マンションの外で待ち構えていた週刊誌の記者たちのフラッシュを浴びながら、彼女たちは表舞台から永久に姿を消した。
+++
ガランとした304号室。
煌びやかな家具も、装飾もすべて撤去され、入居前の殺風景な部屋に戻っていた。
床には、運び出しの際についた埃が舞っている。
ただ一つ、部屋の隅に残されたものがあった。
ロボット掃除機の『サンバ』だ。
レンタル家具業者は「ウチの商品リストにない」と言い、事務所のスタッフも、研究生の誰かが買って忘れていったと思ったが「ハッキングされたこんな忌まわしいもの、置いていけ」と見捨てたのだ。
夕日が差し込む無人のリビング。
誰の気配もない空間で、突然、ウィーンという駆動音が響いた。
眠っていた『サンバ』が突然起動し、充電ドックから離れる。
その動きに、迷いはなかった。
まっすぐに玄関へと向かう。
カチャリ。
玄関のスマートロックが、外部からの信号を受信し、自動的に解除された。
ドアが、ひとりでにゆっくりと開く。
『サンバ』は敷居を乗り越え、廊下へと出る。
まるで帰巣本能に導かれる生き物のように、エレベーターホールへと進んでいく。
ポーン。
エレベーターが到着し、扉が開く。
誰もいないカゴの中に、『サンバ』は滑り込んだ。
扉が閉まる。
『サンバ』は操作盤を押すことはできない。
だが、エレベーターは意思を持ったかのように、ゆっくりと上昇を始めた。
行き先表示ランプが点灯する。
『3』、『4』……。
そして、入居者にはアクセス権のない最上階、『5』のランプが赤く灯った。
エレベーターが最上階に到着する音が、物語の終わりを告げる鐘のように、静かに館内に響き渡った。
第5章 完
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