第24話 足元から崩れる夢の城
インターネットという名の海が、赤黒く染まるのに時間はかからなかった。
数分前まで『尊い』『天使』という言葉で埋め尽くされていたSNSのタイムラインは、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
トレンドワードは一瞬にして塗り替えられた。
『#研究生の正体』
『#死角の衝撃』
『#お掃除ロボのえぐいアングル』
『#性格ブス』
発端は、とある匿名配信者が投稿しているライブ中継だった。
そこには、床すれすれのローアングルから見上げた、アイドルたちの醜悪な本性が映し出されていた。
「え、これ何? 放送事故?」
「メインカメラ止まってる間に、ロボット掃除機のカメラがハッキングされてるっぽいw」
「うわ、ミウちゃんがタバコ吸って鼻から煙はいてる……幻滅」
「カレンの顔怖すぎ。般若じゃん」
「『ファンはATM』って言った? 今言ったよな?」
「床に落ちてるの台本じゃね? 『感動の涙』って書いてあるぞ」
疑惑は確信へ、そして確信は怒りへと変わる。
今まで彼女たちの「純粋な涙」や「固い絆」に感動し、投げ銭をしていたファンたちの愛は、裏切られた反動で、最も凶暴な憎悪の刃となって彼女たちに襲いかかろうとしていた。
しかし、当の四人はその「炎上」を知る由もなかった。
なぜなら、この最終日の昼、マネージャーによってスマホを没収されていたからだ。
「最近、台本の覚えが悪い。気が散る原因は断つ」
そう言われて取り上げられた通信機器。
今の彼女たちは、外界からの情報を遮断された孤島の住人だった。
リビングには、相変わらず四人の罵声と、それを世界に配信し続ける『サンバ』の微かなモーター音だけが響いている。
「あーあ、休憩終わりまであと一分かよ。マジでダルい」
ミウが不機嫌そうに吐き捨て、テーブルの上の空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「顔作らなきゃ。……ねえ、私のマスカラ落ちてない?」
リナが鏡を見て、慌てて化粧を直す。
「大丈夫よ。それよりサクラ、あんた次はトチるんじゃないわよ」
カレンが般若の面を剥ぎ取り、プロの早業で「聖女」の仮面を被り直す。
「わかってますよぉ。……よし、スイッチオン」
サクラが頬をパンと叩き、口角を限界まで吊り上げた。
3、2、1……。
壁のメインカメラの赤いランプが、再び点灯した。
「――はいっ! メンテ終わりでーす! みんな、待っててくれてありがとー!」
カレンの透き通るような声が、リビングに響き渡った。
四人はソファにギュッと身を寄せ合い、カメラに向かって花が咲くような笑顔を振りまいた。
一秒前まで「死ね」「邪魔」と罵り合っていたとは到底思えない、完璧なチームワーク。
しかし、そのプロ意識こそが、今の状況ではあまりにも残酷な喜劇だった。
彼女たちは気づいていない。
画面の向こうの数十万人が、今まさに、彼女たちの足元を這い回る『サンバ』のカメラ映像と、この白々しい「表の顔」を二画面同時に見比べ、戦慄していることを。
「後半戦も、私たち全力で頑張ります! 応援よろしくお願いしまーす!」
ミウが可愛らしくウインクをして、カメラ横に設置されたタブレット端末へと視線を移した。
リアルタイムのコメントを読み上げ、ファンと交流するコーナーだ。
「さーて、みんなからのコメント、読んじゃおうかな……え?」
ミウの笑顔が、凍りついた。
流れるコメントの速さが、異常だった。
そして、その内容が、想定していた「応援」とはあまりにもかけ離れていた。
『よくも騙したな』
『詐欺集団』
『カレンの生足最高でしたw』
『もう演技しなくていいよ、全部バレてるから』
『醜い』
『金返せ』
『解散しろ!ってまだ結成前かw』
言葉の意味が理解できず、ミウは口をパクパクと開閉させた。
「え……なに、これ……? 荒らし……?」
「どうしたのミウちゃん? そんな怖い顔して」
カレンが横から覗き込み、そして絶句した。
『リンク先の配信見ろよ』
『足元の掃除機に挨拶しろ』
『裏の顔怖すぎ』
カレンの視線が、無意識に足元へと落ちる。
そこには、白いロボット掃除機『サンバ』が、ジッと彼女たちを見上げていた。
その巨大な一つ目のようなレンズが、青白く光っている。
「ひっ……!」
カレンが短い悲鳴を上げ、後ずさった。
その瞬間、彼女の脳裏ですべてが繋がった。
休憩中。散乱した部屋。罵詈雑言。そして、勝手に動き回っていたこの機械。
「嘘……全部、流れてたの……?」




