第22話 笑顔の裏の火薬庫
配信開始から四十八時間が経過した。
折り返し地点を過ぎ、物語はいよいよ佳境に入ろうとしていた。
すべては順調だった。いや、順調すぎたと言ってもいい。
リビングの壁に設置された大型モニターには、現在の視聴者数を示すグラフが表示されている。その曲線は右肩上がりを描き続け、同接数は深夜帯にもかかわらず五万人を突破していた。
コメント欄は滝のような速さで流れている。
『四人の絆に感動した』
『推しが見つかった、一生ついていく』
『こんなにピュアな子たち、久しぶりに見た』
『てぇてぇ……』
SNS上では「#奇跡の四人」「#涙の研究生」といったハッシュタグがトレンド入りし、称賛の嵐が巻き起こっていた。
画面の中、そして304号室のリビングには、計算され尽くした「地上の楽園」が広がっていた。
「はいっ! というわけでぇ、続いてのコーナーは『みんなの絆、確かめ合っちゃおう! 以心伝心ゲーム』です!」
リーダーのカレンが、手元のスケッチブックを掲げて満面の笑みを弾けさせた。
彼女が着ているのは、パステルピンクのルームウェア。萌え袖から覗く指先まで、完璧に「聖女」を演じきっている。
「えー、難しそう……私、カレンちゃんと通じ合えるかなぁ?」
隣に座るミウが、わざとらしく首を傾げて上目遣いをする。
そのあどけない表情は、視聴者の保護欲を刺激する最強の武器だ。彼女の役割は、少し抜けたところのある「天然の愛されセンター」である。
「大丈夫だよミウちゃん。私たちはいつも一緒だったじゃない」
最年少のサクラが、ミウの手をギュッと握りしめる。
健気で一生懸命な妹キャラ。その瞳は潤んでおり、見ているだけで心が洗われるような純真さを放っていた。
「そうよ。あの合宿の夜、みんなで誓った夢を忘れたの?」
ビジュアル担当のリナが、長い髪をかき上げながらクールに微笑む。彼女の落ち着いたトーンが、場の空気を引き締める。
「ううん、忘れてない! 私たち、四人で一つだもんね!」
「そうよ! じゃあ行くよー! お題は……『私たちが一番大切にしているもの』!」
せーの、という掛け声と共に、四人は一斉にスケッチブックをオープンした。
カレン:『ファンの皆さんの笑顔』
ミウ:『応援してくれるみんな』
リナ:『ファンの声援』
サクラ:『サポーターのみんなとの時間』
「わぁーーっ! すごーい! みんな一緒だぁ!」
ミウが歓声を上げ、隣のカレンに抱きつく。
「やっぱり私たち、繋がってるんだね……!」
サクラが感極まったように目元を拭う仕草を見せると、すかさずリナが背中を優しくさする。
「もう、サクラったら泣き虫なんだから」
「だってぇ、嬉しいんだもん……」
「よしよし、可愛いなぁ」
四人はソファの上で身を寄せ合い、互いの体温を確かめ合うように団子状態になった。
カメラはその尊い光景を、余すところなく捉えている。
コメント欄が爆発的に加速した。
『全米が泣いた』
『回答が揃うとか奇跡じゃん』
『この子たちを絶対にデビューさせたい』
『尊すぎて無理、浄化される』
完璧だった。
一ミリの狂いもない台本通りの進行。
「以心伝心」の答えはもちろん、事前にマネージャーから配布された『回答指示書』に書かれていた通りだ。
抱きつくタイミングも、涙を拭う角度も、すべてがリハーサル済みの演技だった。
しかし、画面の向こうの熱狂とは裏腹に、彼女たちの内側ではドス黒い疲労が蓄積されていた。
抱き合いながら、カレンの鼻先をミウの髪がかすめる。
(シャンプーの匂いキツすぎ。吐きそう)
ミウの耳元で、サクラがすすり泣く演技をする。
(耳元で鼻すするなよ、汚いなぁ)
笑顔の仮面は、すでに皮膚に食い込むほどの苦痛を伴っていた。
視聴者には見えない角度で、彼女たちの指先は互いの服を強く握りしめすぎて白くなっている。
それでも、カメラの赤いランプが点灯している限り、この「仲良しごっこ」を止めることは許されない。
「ねえ、ミウちゃん。あそこのクッション取ってくれる?」
リーダーのカレンが、慈愛に満ちた声で呼びかける。
ソファで本を読んでいたミウが顔を上げる。その表情は花のほころぶような笑顔だ。
「いーよぉ、カレンちゃん。はい、どうぞ」
受け渡しの一瞬。カメラの死角になるその刹那。
二人の視線が交錯し、火花が散った。
(遅えんだよ、グズ)
(パシってんじゃねーよ、クソアマ)
声には出さない。だが、口の形と目の色が雄弁に語っていた。
受け取ったクッションを抱きしめるカレンの指先が、布が引き裂かれんばかりに強く食い込む。
長時間演じ続けるストレスは、彼女たちの精神を内側から蝕んでいた。
笑顔の裏で、小声で「どけよ」「邪魔」「死ね」と囁き合う回数は、時間が経つにつれて幾何級数的に増えていた。
もはや、リビングはいつ暴発してもおかしくない火薬庫だった。
彼女たちを繋ぎ止めているのは、デビューというニンジンと、マネージャーが用意した唯一の逃げ場――「死角」だけだった。




