第21話 生配信
午後八時。
いよいよ、運命の生配信がスタートした。
リビングの天井四隅と、キッチン、廊下などに設置された定点カメラの赤いランプが一斉に点灯する。
「こんばんわー! 私たち、研究生グループです!」
四人はソファにギュッと身を寄せ合い、満面のアイドルスマイルでカメラに手を振った。
彼女たちが着ているのは、ジェラートピケ風のモコモコしたパジャマだ。
「オープニングパジャマパーティー」と題されたこの初回配信は、視聴者の心を掴むための重要な式典となる。
テーブルの上には、ノンアルコールのカクテルと、可愛らしいマカロンやケーキが並んでいる(リナが日中に食べていた賞味期限切れのコンビニスイーツとは大違いだ)。
「えー、今日から72時間、私たちのリアルな生活をお届けしちゃいます!」
進行役のカレンが、ハキハキとした声で回す。
「緊張するねー、サクラちゃん」
「うん、ドキドキだよぉ。でも、みんなと一緒なら頑張れる気がする!」
サクラが上目遣いでカメラを見つめる。計算された角度だ。
配信画面の横を流れるコメント欄は、開始直後から凄まじい勢いで流れていた。
『かわいい!』『推し見つけた』『部屋おしゃれすぎ』『天使かよ』
視聴者数は見る見るうちに増えていく。
「さて、今日は初日ということで……私たちがどうやってここまで歩んできたか、話しちゃおうかな?」
カレンが意味深に切り出すと、ミウがわざとらしく驚いて見せる。
「えっ、あれ話しちゃうの? 泣いちゃうかも……」
もちろん、台本通りだ。
ここからは、作家が徹夜で考えた「感動の結成秘話」の披露である。
四人は少し照明を落とした部屋で、ポツリポツリと語り始めた。
厳しいレッスンの日々。
辞めようと思った夜。
でも、仲間がいたから踏みとどまれたこと。
特に、サクラが足を怪我してオーディションを辞退しようとした時(事実無根)、カレンが毎日家まで迎えに行って励ましたエピソード(捏造)は、視聴者の涙腺を崩壊させる破壊力を持っていた。
「……あの時、カレンお姉ちゃんが来てくれなかったら、私、ここにいなかった」
サクラが瞳に涙を溜めて、声を震わせる。
その瞬間、カレンが優しくサクラを抱き寄せた。
「バカね。置いていくわけないでしょ。私たちは四人で一つなんだから」
「ううっ……カレンちゃーん!」
「もう、湿っぽいのはなし! でも……私も、みんなが大好きだよ」
ミウとリナも加わり、四人で抱き合って涙を流す。
完璧だった。
コメント欄は『全米が泣いた』『尊い』『このグループ推すしかない』という賞賛の嵐で埋め尽くされている。
画面の向こうの数万人が、この美しい絆を信じ込み、熱狂していた。
その様子を、部屋の隅で充電中だったロボット掃除機『サンバ』が、壁に貼られたカンペと彼女らを静かに見つめていた。
そのカメラレンズの奥で、何かが冷徹にデータを解析しているかのように、微かに絞りが動いたことに気づく者は誰もいなかった。
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「……ふあぁ。そろそろ日付も変わるし、もう寝ようか。明日も早いし」
カレンが涙を拭い、時計を見るふりをして切り上げる。
配信上のスケジュールでは、24時には就寝となっている。
「そうだね。みんな、おやすみー!」
「おやすみなさーい! また明日ね!」
四人はカメラに向かって手を振り、それぞれのベッドへ潜り込んだ。
カレンがリモコンで部屋の照明を消す。
常夜灯だけの薄暗い部屋に、静寂が訪れる。
視聴者たちは、寝顔配信(布団で膨らんでいるシルエットのみ)を見守るモードに入った。
『おやすみ』『いい夢見てね』というコメントが流れる中、画面の中の四人はピクリとも動かない。
――ように見えた。
だが、布団の中は違った。
カレンは頭からすっぽりと掛け布団を被り、その中でスマホのライトを点灯させていた。
顔面を青白い光に照らされながら、彼女の形相は鬼のように険しい。
彼女が見ているのは、マネージャーから送られてきたPDFファイル。明日の『朝食時の会話』の台本だ。
(チッ、明日の朝は私が卵焼き焦がす役かよ……「ドジっ子リーダー」とかキャラじゃないんだけど。てか、セリフ多すぎ)
彼女はブツブツと文句を言いながら、必死に文字を目で追う。
「あちゃー、やっちゃった!」「カレンったらー!」
そんな寒いセリフを脳に叩き込む作業は、苦行でしかない。
隣のベッドでは、ミウもまた布団の中でスマホを操作していた。
彼女が開いているのは、裏垢のSNSだ。
今日の配信の反応をエゴサーチし、気に入らないコメントをスクショして、鍵付きの裏アカウントに投稿する。
『「ミウちゃん顔パンパン」とか書いた奴、特定した。クソブサイクなアイコンのくせに偉そうに語んな死ね』
『サクラの泣き芸、マジで寒気したw あいつ演技派女優気取りかよ』
指先が高速でフリックし、毒を吐き散らす。
天使のような笑顔の裏側で、彼女の指先は呪詛を紡いでいた。
リナは布団の中で隠し持っていたグミを咀嚼し、ネットショッピングでストレス発散の爆買いをしている。
サクラは今後のターゲットとなる太客候補のプロフを暗記していた。
暗闇に浮かぶ四つの布団の膨らみ。
その中身は、夢見る少女などではなく、欲望と計算と疲労に塗れた、ただの「ハリボテ演者」たちだった。
ウィーン……。
微かなモーター音がして、充電ドックから『サンバ』が発進した。
夜間の自動清掃モードに入ったのだろうか。
サンバは障害物を巧みに避けながら、まるで意思があるかのようにベッドの下へと潜り込んでいく。
カレンのベッドの下を通過する時、サンバの天面にあるインジケーターランプが、暗闇の中で一瞬だけ赤く点滅した。
まるで、心臓の鼓動のように。
布団の中にいるカレンは、その赤い光に気づかない。
彼女の意識は台本に集中しており、ベッドの下を這い回る「生物」の存在など、微塵も感じていなかった。
サンバは静かに、執拗に、彼女たちのベッドの下を巡回し続ける。
そのカメラは、暗視モードに切り替わっていた。
ローアングルから見上げる視界には、ベッドの隙間から垂れ下がったシーツの端や、床に置きっぱなしにされた脱ぎっぱなしの靴下が映り込んでいる。
そして、ふとサクラが寝返りを打ち、布団からスマホを持った手がだらりと落ちた。
画面の明かりが床を照らす。
サンバはその光に反応し、ピタリと動きを止めた。
カメラがズームする。
スマホの画面に映っていたのは、マッチングアプリのトーク画面。「パパ候補その3:港区経営者」という文字が、鮮明にレンズに焼き付けられた。
ウィーン。
サンバは満足したように、再び闇の中へと消えていった。
部屋の隅にあるAIコンシェルジュ端末だけが、その一部始終を無言で見つめ、データの送信ログを静かに点滅させていた。




