不良と人形と人殺しと ⑩
「大体さっきから聞いてりゃ好きなの好きなのってなんだてめえゴラ、それおめえの事だろこの野郎、なぁ? うぉい?」
そのままジリジリと顔を近づけ、至近距離からタロウの顔を覗き込む。するとどうだろう。タロウはどこか遠い目をしながら、とても有生の友達第一号の物とは思えない儚げな声で。
「……あー、そんな時期もあったね」
と、呟いた。
「ほら、僕って体はこんなんでも実質0歳だから。生まれたてのアンドロイドは、初めて出来た友達を母親だと思ってついていっちゃうんだよ。でもこの世界で暮らして、価値観を学んで、常識も知って。そしたらほら」
「……」
「あれって異性としては限りなくなし寄りのなしなのかなって」
「……」
「友達としては好きなんだけどね。変人って見てるだけで楽しいし」
「……」
こいつ酷いな。いやまぁ、これもある意味人間らしくなった成長の証でもあるんだろうけど。今思えば初めて会った時のこいつって、マジで感情ないんじゃねえかってくらい無機質だったし。
「今となってはダイちゃんからかってる時の方がよっぽど楽しいくらいで」
でもたまにあの頃の無機質なお前に戻って二度と喋らないようになってくんねえかなって、切実に願ってしまう俺がいた。
と、その時。
「すみませーん! 取り分け皿お願いしますー!」
性格の悪そうな癖っ毛女子からお呼びが入る。
「あ、はい! ただ今ー!」
俺はすぐさま返事を返し、小皿数枚を持って奴らのテーブルへと足を向けた。
「どうぞ、取り皿になります」
「はいー、ありがとうございますー。ところで店員さーん」
「はい?」
テーブルの上に小皿を並べていると、不意に癖っ毛女子に声をかけられた。しかし。
「……」
「え」
「……」
「あの」
「……」
「な、なんでしょうか?」
癖っ毛女子は一体何を思っているのだろう。サングラスとマスクとタオルのフル装備で顔を隠す俺の眼球を、サングラス越しに凝視して来やがる。
「この子、私達のお友達なんですー」
数秒の沈黙を経て、癖っ毛女子はようやく口を開いたかと思うと、徐にユッケを食らう有生の方を指差した。
「私達今、その大切なお友達が、春頃に男子から暴力を振るわれていたっていうお話をしていましてー」
「……は、はぁ」
「あ、でも店員さんには関係ないお話でしたねー? もう行ってもいいですよー」
「……」
俺は厨房へと戻り、タロウに縋った。
「何?」
「バレてる……っ!」
「何が?」
「あの癖っ毛、絶対俺の正体に気づいてる……っ! 頼むタロウ! あそこの接客、全部お前がやってくれ……!」
しかし。
「店員さーん」
そんな俺を嘲笑うように、癖っ毛女子の魔の声が厨房まで響くのだ。
「お水が欲しいです店員さーん。背の高い店員さーん。店員さーん」
「……っ」
ご丁寧に俺の事まで指名しやがって。
俺の地獄はまだまだ続く。
「店員さんって本当に背が高いですねー?」
「はい……? そ、そうですかね。確かに高い方ですけど、こんくらいの背の人ってそこら中にいません?」
「えー? そうですかー? 小学生でその身長は中々いないと思い……あれー? でも店員さん、働いているからには当然高校生以上ですよねー。どうして私、店員さんが小学生だって思っちゃったんでしょうかー?」
「あ……あはは……」
ある時は癖っ毛女子のやたら匂わせるような発言に苦しめられ。
「ちょっと店員さん! 何よこの盛り付けは!? ただお肉が乗っているだけじゃない! こんなんじゃ全然映えないわ! 金粉とかお花とか飾り付けてから水に浮かべなさいよ! ほら、この宮迫って人が経営している牛宮城っていう焼肉屋さんみたいに!」
「そんな事言われても……」
またある時はツインテ女子に無理難題を投げられ。
「うぇ!? 何これ、もしかして食べ放題無料なのって一人だけ!? ど、どうしよう……。あ、あのー、店員さん。私ここの関係者の金城ダイチくんと知り合いなんですけど、知り合い割とかって適用されたりは……」
「しないです」
「そんな……! そこをなんとか……っ! 私今闇金的な女の子にお金借りちゃってるんです店員さん……っ!」
「無理です」
またまたある時はサチさんに値切られ。
「店員さん……。まぁ、なんだ……。頑張りなよ……」
「あざっす……、めっちゃ励みになります……」
またまたまたある時は、意外と良識のあったヤバそうな女子に励まされ。
「おい店員。焼肉食べ放題って卑怯じゃねえかな。肉焼き上がるまで時間かかるし、こういう時間稼ぎってどうなのかなって私思うんだ。だから次からはあらかじめ厨房で焼き上げてから持って来てくんね?」
「黙れクソが」
「何で私にだけ当たり強いんだよ!?」
クソ有生はただのクソで。
「店員さーん」「ちょっと店員さん!」「店員さん……」「あのー、店員さーん」「おい店員!」
なんかもう、有生以外の全てもクソに見えて来て。
「もう無理だ……っ」
「ダイちゃん」
「殴っちまう……っ」
「落ち着いてダイちゃん」
「このままじゃ俺、あいつらの内の誰かかもしくは全員を殴っちまう……っ!」
「ダイちゃんしっかり」
遂にはあのタロウに泣きつくまでに精神がやられてしまった。
「まったく、しょうがないなぁ」
そんな俺の泣き言を聞きながら、タロウはやれやれと言った具合に俺の肩を叩いてくれる。思わずタロウの顔を見上げると。
「僕がなんとかするよ」
そこには頼り甲斐しか感じられない威風堂々とした表情のタロウがいて。
「お前、あれをなんとか出来るのか……?」
「まぁね。とっておきの秘策があるから」
後は任せて言葉を続け、タロウは歩く。魔女というか魔の女共で犇く5番テーブル……の方ではなく。厨房の中で作業をしているおばさんの元へと。そして。
「おばさん。あのお客さん僕達のクラスメイトなんですけど、お手伝いとは言え働いてるのがバレたら色々からかわれそうなので、接客代わっていただけませんか?」
「あらそうなの? わかったわ、じゃあ二人は厨房の方でお皿洗いやおしぼりの準備お願いね」
地獄の終わりは、あまりにも呆気なかった。
「ハァ……、お金が減ってく……、フクとカドリーさんのお土産代も馬鹿にならなかったし……」
「かーっ! 食った食った! お前らがいると毎日ご馳走だから嬉しいわ! お前ら後一ヶ月くらいこっちに滞在してくんね?」
「美味しかったけど、このお店食べ放題メニューに上カルビや上タン塩を入れてくれないあたりケチ臭いねー?」
「うぅ……っ、こんなただの焼肉じゃいいねが全然つかないじゃないわ……。この『みなとくじょし』って人達はこんなにも綺麗なお肉を食べて万バズしているのに……っ!」
「あ……。店員さん、ご馳走様……。中々美味しかったよ……。故郷に帰る前にまた食べに来られたらいいな……」
時間制限の90分が経過し、魔の女共がようやく退店する。30分後には予約客が殺到すると言うのに、俺の体力は既に尽きかけていた。
「おいダイチ」
「……あ、はい店長」
椅子に腰を下ろし、ため息とも深呼吸とも取れる呼吸をしながら暫しの休息に浸っていると、厨房から出てきた店長のおじさんに声をかけられた。
「ちょっと使い頼まれてくんないか?」
「お使いですか?」
「あぁ。冷凍庫を見たら氷が切れそうなんだ。どうも昨日作り忘れてたみたいでな。忙しくなる前にスーパー行って、二人で運べるだけ買って来てくれ」
そう言いながら店長は、小銭が大量に詰まった小銭入れを俺に渡して来る。
「了解っす。行くぞタロウ」
俺は店長から小銭入れを受け取り、タロウと一緒にスーパーへ行こうとしたのだけれど。
「ついでに残った金で菓子でも買い食いして来い」
二人で店を出る間際にかけられた、店長のそんな言葉が胸に引っかかった。またか、って。
いつもの事だ。俺がここでお手伝いをする度に、決まってこの人は最初に決めた一日五百円のお駄賃以上の何かを俺にくれようとする。お菓子だったり、ジュースだったり、或いは五百円の駄賃に数百円のサービスを上乗せして来ようとしたり。おじさんって一見強面で無愛想な初老の男のようだけど、内面は中々子どもに甘いお人好しなのだ。そんなお人好しだから。
「俺はいいっす」
俺はそんな人から、約束以上の何かを受け取りたいとは思えない。……いや、それはこの人に限った事じゃないか。おじさんにせよ、おばさんにせよ、お袋にせよ。誰かが俺の為に金を使おうとするのが、ただただ辛くて堪らない。
借りを返すって、簡単な気持ちで言っていいものじゃない。有生にSwitchを弁償する為に、一日五百円の駄賃で二ヶ月働いたおかげで、その事はよくわかってるつもりだ。
俺にはまだまだ借りを返さなきゃいけない相手が沢山いる。反抗期の一言で済ませられないくらい傷つけたてしまったお袋。悪友達に彼女持ちアピールがしたくて、無知なのを良いことに散々利用してしまったアキ。有生とタロウには一学期の罪滅ぼしもしないといけないし、それにイヴさんにもハンバーガーとかしゃぶしゃぶとか奢って貰ってるんだよな。
ふと思う。これらの借りを返し切るのに、あとどれくらいの年月が必要なんだろう。……いや、きっと罪悪感っていう負い目を感じている以上、一生かかっても返し切れる事はないんだろう。そんな途方もない借りの数々を振り返る度に、底の見えない不安が一方的にのしかかって来る。今の時点でこれだけの借りを背負っているのに、また新しい借りを作ってしまったら、それこそ潰れてしまいそうだ。
だから俺はいつものように。誰に言われてもそうして来たように、今日もまたおじさんからの好意を拒絶するのだが。
「お前だけに言ってんじゃねえよ。二人で買い食いして来いっつってんだ。それにこれから忙しくなるっつってんだろ。甘いもん食って力蓄えとけ。途中でバテられたらそれこそ迷惑だろ」
「……わかりました。でも、買い食いの分は俺の駄賃からしっかり引いてください」
「引かねえよ」
「……」
「大人がガキに菓子買ってやんのがそんなに変な事か?」
「……」
「お前、お袋さんにもそんな態度なのか?」
「……」
「本当に可愛げのねえガキだな。店長命令だ。黙って買い食いして来い」
「……うっす」
流石にこれ以上は断り切れないと思い、俺は店長の命令を渋々と受け入れた。そうして買い物に向かう俺達の背中を見送りながら、店長は大きなため息をついたのが嫌に耳に残った。
「そんなのでいいの?」
「……」
「事情も知らない外野の僕があれこれ言うのもなんだけど、大人からの好意は素直に受け取った方が大人は喜んでくれるよ」
「……」
「少なくとも僕のお父さんは、トヨリに遠慮された時が一番悲しそうな顔をしていた。相手を想う気遣いで相手を傷つけたら、元も子もないって僕は思う」
「うるせえよ」
スーパーの帰り道。氷袋の入った買い物袋を両手にぶら下げながら来た道を戻っていると、俺の買い食いの内容が気に食わないのだろう。タロウから説教混じりのボヤきをお見舞いされてしまった。
「好きなんだよ、ガリガリ君」
俺は喉の渇きを潤せる商品の中で、最も安価だったガリガリ君でタロウの頭をペチンと叩く。
「逆にてめえはもう少し遠慮を覚えろよ」
更にもう一度叩く。
「迷わずハーゲンダッツ買いやがって」
買い物袋の中で氷と一緒に冷やされているタロウのハーゲンダッツにため息が出た。俺が人からの好意に対して遠慮し過ぎている自覚はあるものの、例えそうでなかったとしても無遠慮にハーゲンダッツを買うような人間にはなりたくないと思った。……まぁ、こいつ人間じゃないっぽいけど。
「あ? 今食うの?」
ふと、タロウの手が買い物袋の中のハーゲンダッツに伸びた。ハーゲンダッツはガリガリ君と違って両手を使わなきゃ食えないカップタイプのアイスだ。買い物帰りに歩きながら食べるのにはあまりに不向きな気がするけど。
「今のうちに食べないとね。店に戻ったらもうお客さんが来てるかも知れないし」
「んな事ぁねえだろ。予約の時間まであと何分だよ」
俺は現在時刻を確認しようとポケットに手を入れるも、しかし就業中はスマホをロッカーに預けていたのを思い出す。ならばとばかりに時間を確認出来るものはないかと辺りを見渡すと、すぐ近くの公園に時計塔が建っているのが見えた。現在時刻は18時40分。スーパーが近くにあった事もあり、ほとんど時間は経ってない。
「ほれ見ろ」
俺は顎でその時計塔を指して、タロウにその事実を伝えたものの。
「まだ20分もあんだし、店戻ってからゆっくり食えば……」
でも、その刹那。
「……」
公園の時計塔に目を向けたその瞬間、視界の端に嫌な光景が飛び込んでしまって。
「タロウ」
何も見なかった事に出来たらどれだけ楽なのかなんて百も承知なのに、生憎その人は俺が借りを作ってしまった人物の一人でもあって。
「悪いんだけどさ」
そんな人が、公園のど真ん中で爆笑しながら、学校の友達らしき人達にロボットダンスを披露していたんだ。自分の体をネタにしながら、学校の友達を笑わせようと躍起になるその姿はどこか嘘臭くて、ただならぬ虚しさを周囲に醸し出す。見ていられない。そんな言葉が真っ先に俺の脳裏を埋め尽くすくらいには、気持ちの悪い光景だと思った。
「俺の荷物も持って先店戻れるか?」
結局、借りを作るってこう言う事なんだろうな。俺はタロウに荷物を差し出し、その人の元へ駆け寄ろうとしたのだが。
「嫌だよ」
タロウは俺の頼みを拒絶した。俺がこれから何をしようとしているのか、なんとなくわかっているらしい。今から俺がしようとしている事は、タロウにとっては都合が悪い……というより、こいつにとって喜ばしくない行為である事に違いはないのだ。今朝、あんな事があったばかりだから。
「そう言うなって」
「言うよ。絶対に嫌だ」
「……」
「早く戻ろうよ。おじさん達を困らせる気?」
「……」
だから俺は、買い物袋を無理矢理タロウに押し付けるしかなかったんだ。
「あの人は悪い人じゃねえよ。今日だけなんか様子がおかしかっただけで、本当は気も良いし面倒見だって良い人なんだ。それになんつうか……、ある意味お前にとっても大事な人になるっつうか」
そこまで言って。俺はタロウに背を向ける。
「19時までには戻るって、おじさん達に謝っといてくれ」
「……」
「じゃ」
そうやってあの人の元へ向かう俺の背中を、タロウは引き留めたりはしなかった。もっとも、引き留められた所で俺はあの人の元へ無理矢理にでも駆け付けたのだろうが。
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