不良と人形と人殺しと ⑪
ブサイクを売りにしている女芸人を見ていると、凄えなって思う事がよくある。
低学年の頃の苦い思い出だ。俺はクラスの女子にふざけ半分でブスって言ったんだけど、そしたらそいつ、殴られたわけでもないのにわんわんと泣き崩れ、俺は先生に大目玉を喰らった。
例えばこれが逆の立場だったら。その女子ではなく、俺がクラスの誰かにブスとかブサイクとかって言われたら、俺は『何だとこの野郎!』の一言で、爆笑しながらそいつとじゃれ合うだろう。ブサイクと言われたからって悲しむ理由なんてどこにもない。赤の他人から言われればそりゃあイラっと来るかもだけど、少なくともクラスメイトが相手なら、ブサイクという暴言は、これから俺と戯れ合おうぜっていう意味が込められた、愛のある暴言だって理解出来るから。
あの時も俺は、そういう愛のある暴言を放ったつもりだった。俺の放ったブサイクの一言で、女子は表面上はキレながらも俺に殴りかかって来て、俺は女子の暴力を受けながら『やめろやめろ! ごめんって!』とか言って、ふざけ合うつもりでいた。
でも、その結果は前述の通りだった。あの時の俺はこんなので泣き出す女子の気持ちが理解出来なくて、まるで未知の生物にでも遭遇したように狼狽えたものだけど。でも、最近になってアキと暮らすようになり、アキが好んで見るテレビアニメなんかを共に見たりするせいか、あの時の女子の気持ちが、ほんの少しだけど理解出来るようになった気もするんだ。
簡単な話だ。男主人公がチンコやケツを見せながら醜態を晒す下品なギャグアニメなんて、それこそ星の数程あるけれど、女主人公が同様の醜態を晒すアニメって、全然ない。探せばそういうアニメの一つや二つあるのかも知れないけれど、あったとしてもそれって多分オタクが見るような深夜アニメで、少なくとも子ども向けアニメにそういうのって、一つもないんじゃないかと思う。
女子が見るような子ども向けアニメって言ったら、プリキュアみたいな綺麗なヒロインが輝くアニメだったり、アイドル物みたいに綺麗なヒロインが更に綺麗になっていく物語だったり、主人公やその友達はいつもキラキラしていて艶やかだ。
女子っていうのはそう言うのを見て育つから。キラキラしていて綺麗な女の子が魅力的なんだと、幼い頃からテレビアニメを通してそう教わるから。だからきっと女子にとってのブスって、男にとってのブスとは比較にならないくらい重い言葉なんだと思う。それで俺は、容姿の醜さを武器に出来る女芸人を見て凄いと思えてしまうのだろう。
だからこそ俺は、笑い合う彼らの輪の中にすぐに入り込む事が出来なかった。
確かに俺は、自分の容姿をネタにして笑いを取るその人の笑顔が嘘臭く見えた。
「本当ごめんね? 今まで態度デカくて。今日からは足を洗う事にするから。……ま、洗う足はないんだけどね」
でも、それって俺にはそう見えただけであって、あの人の本心なんて結局俺にはわからない。もしかしから笑顔が嘘臭く見えるのはただの勘違いで、あの人の自虐は、本当にあの人自らが望んで行っているのかも知れないんだ。
「ルフィを守る為に海王類に食べられちゃったし」
だとしたら、そこに口を挟んでしまった場合、俺はあの人の覚悟を踏み躙る事になる。自分の体と向き合った上で、自分の容姿をネタにしようと思い立った、あの人の心の強さに対する冒涜と言われても仕方がないだろう。
だから俺は、あの人達から少し離れた所から、遊具の陰に隠れてあの人達の様子をジッと見守った。
「赤海お前障害ネタはヤバいって! ガチで洒落んなんねえから! つうかなんだよお前そういう奴だったのかよー! ずっと誤解してたわ」
「ほんとそれな? ってか何? マジでネタにしてもいいの? 俺ガチで遠慮しねえよ?」
あの人の自虐を笑う男子生徒の態度にはどこか思う所もあったけど。
「当然。もう好きなだけお願い! 何かある度に差別差別って騒ぎ続ける最近のポリコレ的な思想とか私大嫌いだし」
でも、そんな男子達の態度も含めてあの人は満足そうに笑ってのけたから。自分の障害を武器にする、あの人の心の強さを信じたかったから。
「それめっちゃ同意なんだけど! 特にアメリカとか黒人だの障害者だのエグいらしいじゃん」
だから俺は黙って見届ける。
「それな? リトルマーメイドのアリエルが黒人になってたりとかしてマジビビったもん。あー言うの見る度に俺日本に生まれてよかったわーって思うわ。なんかもう黒人や障害者に対して差別とか平等とか意識し過ぎて逆におかしくなってんだよな?」
笑いで溢れるあの高校生達の輪も、一つの友情の形なんだと自分に言い聞かせる。
「わかる。黒人や障害者に配慮とかいらないのにね」
そしたらほら。
「お前そう言う意味じゃねえんだよ! 赤海、それ不謹慎過ぎてマジでヤバいから! ハハッ、クッソおもれぇ!」
あの人達の笑いは、気付けば大爆笑にまでのし上がっていた。抱腹絶倒という言葉を見事なまでに体現し、お腹を抱える高校生達。男子高校生の中の一人は、自分の障害を受け入れたあの人の事を絶賛しながら褒め称え、もう一人の男子高校生もあの人の肩をバシバシ叩いていて、その仕草は完全に気の許した仲間に見せる態度そのものだった。
「いひー。そういうわけで私、今日からこう言うキャラでやって行くんでよろしくー。打倒、ポリコレだー!」
そして最後に、あの人はそう言いながら満面の笑みを浮かべて、天高く拳を伸ばした。その表情は何かをやり切った人だけが浮かべられる清々しさで満たされていて、俺はあの人に友達が出来たのだと知る。
あの人は孤独な人だった。生まれ持った体のせいで普通の暮らしが出来ず、故に普通の人とも馴染めず、それこそ俺や有生みたいな年下と友達になれて喜ぶ程に、あの人は孤独な日々を送っていたんだ。
だから俺は、ようやく同年代の友達を作れたあの人の事を心の奥底で祝福し、静かにこの場を立ち去ってよかったんだと思う。当然だ。そりゃあ友達は多いに越した事はないけど、でもあの人のような高校生の友達が、俺や有生のような小学生だけだなんて言うのは、やっぱりなんか違うし。友達と時間を共有するにしても、同年代の友達と過ごした方が何倍も有意義な時間を過ごす事が出来る筈だし。
だから俺は、あの人の事をソッと祝福してこの場を立ち去れば……、よかったのに。
「……」
でも、無理だった。出来なかったんだ。意気投合した仲間達と別れを告げるあの人の様子が、どこかおかしかったから。
「じゃあね! また明日!」
あの人は満面の笑みを浮かべながら、新しく出来た三人の友達と別れた。三人の男子はあの人に向かって大きく腕を振りながら公園を立ち去り、あの人もそれに続いて帰路へつく物だと、そう思っていたのに。
「……」
あの人は、三人の男子が見えなくなるまで静かに手のひらを振っていた。決して笑顔を絶やさずに手を振っていて。
「…………」
三人の男子が見えなくなっても手を振っていて。
「………………」
でも、ある瞬間をもって、あの人の手は力なくだらんと垂れ下がった。
「……………………」
それから数秒して、今度は決して絶やさなかった笑顔の仮面が、あの人の顔から剥がれ落ちた。
全ての表情を失った虚な顔で、あの人は立ち尽くしながら宙を煽ぐ。けれど不自由な足で立ち尽くすのに疲れたのか、松葉杖をつきながらゆっくりとベンチの方へと足を向け、静かにそこに腰を下ろした。
「…………………………」
それから一分ばかり、何もない時間が過ぎて。ただただぼーっと公園を眺めるだけの時間が過ぎていって。そしたらあの人は。
「……っ」
イヴさんは。
「……うっ、…………うぅっ……いっ……っ」
唐突に両手で顔を覆いながら、静かに泣き出した。だから俺は、友達の出来たイヴさんを祝福する事も、そんなイヴさんの姿に安心してこの場を立ち去る事も出来なかったんだ。
イヴさんとはほんの数日連んだ程度の関係だけど、イヴさんがプライドの高い人間なのはなんとなくわかっているつもりだ。彼女が号泣せずに、声を押し殺しながら啜り泣いているのは、そんな彼女のプライドの表れなんだろう。しかし皮肉な事に、夜の公園の、秋風に冷やされた金属製の遊具が、イヴさんの啜り泣く声を静かに反響させるおかげで、イヴさんの透き通るような泣き声がよく聞こえる。こんなにも透き通った声なのに、あの人の中で渦巻く負の感情が、粘りつくように俺の鼓膜を撫で回すのだ。
そんなイヴさんの姿を見ながら俺は思う。『なんだ、やっぱ悔しかったんじゃん』と。
先週までのイヴさんは謎めいていたというか、余裕に満ち溢れた怪しくも艶かしい言動が人間らしさの欠如を現していて、どこか近づき難い印象があったのだけれど。しかし今朝のしょうもない事で激昂している姿や、自らの自虐に耐えられなくて泣き出してしまうその姿のおかげで、ようやく俺は彼女の人間らしさを垣間見たような気分になれて。
だからこれは、一瞬の安堵なんだろう。俺はあの人が普通の女子高生なんだと知れて、少し安心している。
「あぁっ……、うっ……うぅっ……っ」
だって、イヴさんが普通の人なら。
「傷つくくらいなら、自虐なんてするもんじゃないっすよ」
俺も普通に接する事が出来るから。
先週までのイヴさんは何を考えているのかわからなくて、それこそ未知の生物と遭遇したような不気味さがあって、どこか近寄り難くて、そんな人を慰めるのなんて恐れ多くて出来たもんじゃなかったけど。
でも、こんな普通に怒ったり泣いたり出来るただの人間が相手なら、俺は全然臆せず近寄れる。慰めたいとも励ましてやりたいとも思う事が出来る。
俺は彼女の隣に腰を下ろし、ソッと彼女に声をかけ。
「ガリガリ君、食います?」
半分程溶けたガリガリくんを差し出し、そして。
「あ」
イヴさんは溶けかけのガリガリくんを叩き落とし、地面にはガリガリくんの成れの果てが朽ちていった。




