不良と人形と人殺しと ⑧
認めよう。悔しいけど、ザンドの言う通りだった。私は健常者以上に自分の体の事を卑下していて、勝手に健常者との間に線引きなんかして、そして自業自得に孤独を味わった馬鹿な障害者だと。私って結構意地っ張りな方だけど、ここでそれを認めないと、それはもう救いようのない意地っ張りになってしまう。
楽しかったよ。私から歩み寄って人生初のデートとかしてみたけど、私の理想とはかけ離れたあんな陰キャが相手なのに、凄く楽しかった。みってぃーと遊んだ時も、ダッちんに色仕掛けをした時だってそう。結局私って、誰かと時間を共有するのが好きなんだ。ムカつくけど、全部ザンドの言う通りだったな。私が勝手に卑屈になっているだけで、世の中にはこんな私でも仲良くなれるような人が、私が思っているよりも沢山いて。そういう事に気づけただけでも、今日のデートは本当に良い物だったと思う。
まぁ、初めてのデートっていう補正もある程度かかってるのかもだけどね。でも次のデートでは、私の方からもコウキくんを楽しませてみたいなと思う程度には、いい経験になった。
いや、どうせなら次のデートとは言わず明日からやってみるのはどうだろう。散々くだらない彼氏ヅラを見せられたんだ。だったら私ももっと彼女らしい事とか、彼女ヅラとか、そう言うのしてみようかな。
彼女らしい事と言ったら……んー。なんだろう。いきなりお弁当を作るとかは違うし。……あ、そうだ待ち合わせ。朝に待ち合わせして一緒に登校とか、結構彼女っぽいかも知れない。
それいいかも。で、どうせやるならサプライズとかしてみたい。通学路でこっそり待ち伏せしてさ。『え、赤海!? いやいや何で!?』みたいな。そしたら朝っぱらからコウキくんの間抜けヅラを拝む事が出来るじゃん。
「いひー」
久しぶりに芽生えた悪戯心。私はもう一度コウキくんの背中へ視線を送る?
うん。まだそこまで離れてないし、全力で追いかければなんとか見失わずに済みそう。このままこっそり追跡して、コウキくんの自宅を突き止めてみようかな。我ながらストーカー気質な自分にドン引きだけど、それに反してワクワクする気持ちも治らない。私は松葉杖に体を預け、気持ちの向くまま。
「え」
コウキくんの後をつけて。そしたらコウキくん、何故か駅の改札をスルーして、反対側の出口の方へ向かって行って。
「……」
そんなコウキくんの姿を見た瞬間、小さな黒いモヤが胸の中に生まれた。モヤの名前は不安。家に帰ると言って別れた筈の彼が、電車に乗らなかったのである。
普通の人なら、こう言うのを見ても何も気にしないのかな。電車に乗る前に何か用事を思い出したとか、電車に乗る直前に気が変わって寄り道する事にしたとか。彼が電車に乗らない理由なんて、考え出せばいくらでも出てくるものなのに。
でも、そうやって彼の行動に無理矢理正当性を見出すのって、私には出来ない。私は被害者意識の高い人間だから。卑しいし、捻くれているし。誰よりも勉強を頑張って、あの学校で一番頭が良いって思えるくらい自信過剰なくせに、五体不満足なだけで、何の努力もしていない健常者に劣等感を抱いてしまうような、そんな小心者だから。
だから私は、ただ電車に乗らなかっただけの彼を信じてあげる事が出来なかった。劣等感に縛られ続けた15年にも及ぶ人生が、人を疑う事しか出来ない私の人間性を育てあげた。コウキくんが真っ直ぐ家に帰らなかったのは、何か私に後ろめたい事があるからじゃないのかって決めつけて。
「……」
それで。
「あいつやべえな! 何が付き合いたいなら私に見合う男になれだよ、馬鹿じゃねえの?」
「な? 俺の言った通りだろ? あれならコウキでも余裕で落とせるって」
そういう悪い予感って言うのは、何故か大概当たってしまうもので。
不自由な足を引きずりながらも、なんとかコウキくんの後を追い続けた私。コウキくんの向かった先は、繁華街と住宅街の境にある小さな公園だった。その公園にはうちの高校の制服を着た二人の生徒が既にいて……ていうか。
「おい、他に録音したやつ聞かせろよ」
その二人というのが、コウキくんが普段から媚びへつらう陽キャと呼ばれる類いの人達で。更に言ってしまえば、その二人は普段から私に聞こえる声量で陰口を叩いてくる人達で。
「つうかコウキ、お前あいつとどこまで行く気? セックスまで行っちゃう? そもそもあいつ踏ん張れねえし腰とか振れねえだろ? めちゃくちゃ犯りにくそうなんだけど」
「いや、それで諦めんのは早い。赤海の体を紐で縛って宙吊りにすんだよ。で、その隣で俺らは勃起しながら待機すんの。後は振り子の原理で宙吊りの赤海を行ったり来たりさせれば、全自動セックスマシーンの完成じゃん!」
「お前それ最高なんだけど! コウキ、それで行こう」
で。
「いやいや無理無理無理無理、あれとセックスとか考えたくもないわ。セックス中に足の断面とか見えたら俺絶対ちんこ萎えるし」
その人達と一緒に楽しそうにお喋りするコウキくんの姿がそこにはあって。
「お前彼女相手にクズ過ぎんだろ! 俺は別にヤルだけなら全然赤海とヤレるけどな。あのガイジ顔だけなら普通に興奮するし」
「わかる。あれ実質生きたダッチワイフだろ? 義足と杖ぶっ壊せばあいつ何も抵抗出来ねえよ。残った手足もぶった斬れば鞄に入れて持ち運びも出来んじゃん。……やべ、想像したら少し立ってきた。おいコウキ! やれそうになったら教えろよな? 小っせえカメラ貸すからそれでハメ撮り頼むわ。なんならプレイ中に目隠しして俺らとバトンタッチしろよ!」
「だから無理だってー! 二人とも異常性癖すぎね? あんなのに勃起するとかマジ異常性癖なんだけど。あんな化け物とセックスとか、それもう実質俺がレイプ被害者だから。もしあれに迫られたら、俺速攻で赤海をベッドに縛りつけて全力逃走するし。あ、どうせなら男子便所に縛り付けて『ご自由にお使いください』の立札とか立てちゃったりして!」
「コウキお前それエグすぎぃ! つうか一々縛らなくても追って来れねえだろあんな唐傘お化け!」
「いやいやわかんないよ? 改造義足装着して追いかけてくるかも。ロボットみたいにウィーンガシャン、ウィーンガシャン、ブロロロロロローって………………」
コウキくん達の楽しい楽しいお喋りタイムは、そこでようやく終わりを告げる。コウキくんがぎこちないロボットダンスを披露した際に、自分達の背後まで迫っていた私の姿にようやく気がついた為だ。
「……」
押し黙ったのは、コウキくんだけじゃなかった。彼と共に談笑していた二人の男子も、やらかしたとでも言わんばかりに口をあんぐりと開けている。普段から私の陰口を叩くような二人でも、流石に事の重大さに気付いているようだった。健常者が障害者をネタにして笑いものにする。それが社会的に見て、どう言う意味を持つのかを。
教室の隅で、ボソボソと私の悪口を呟くのとは訳が違うのだ。今の彼らは、障害者の私を玩具にして笑いものにした。もしも私がこの件について出る所に出れば、規律の厳しい名門私立校である。そんな場所に在籍する彼らの処遇も、ただでは済まないだろう。
「偶然会ったの?」
最初に沈黙を破ったのは私だった。一歩前に進み、そんな筈ないと知りつつも、白々しくコウキくんにそう訊ねる。けれどいくら待ってもコウキくんの口から返事が出てこないから。
「そんなわけないか。私達の後、つけてたんだね」
結局私の方から答えを合わせをした。それで。
「なーんだやっぱ罰ゲームかー。凄いね? 昼間に否定された時は全然気づけなかった。演技上手いじゃん、役者目指しなよ。……でも、ちょっと本気になりかけてたからさ。そこだけはちょっと残念」
三人の前で小さく笑ってみせた。
散々な言われようだったものの、不思議と怒りは湧かなかった。寧ろしっくり来た気持ちの方が遥かに高い。結局私は、コウキくんの好意を心から信じる事が出来ていなかったのだ。私みたいなのが告られるとか、やっぱりおかしい。私が健常者の立場なら、いくら顔が良くてもこんな唐傘お化けみたいな異性になんて、絶対に惹かれたりはしない。
そういう気持ちが私の深層心理に常に根付いているから、だから罰ゲームによる告白だとわかった今、自分でもびっくりするくらい清々しい気持ちになれている。こんな清々しい気分なのに、怒りなんて湧くはずもない。
まぁコウキくんとデートしたおかげで、誰かと時間を共有する楽しさを知った私である。その楽しさの余韻が残っているのも、怒りが湧かない理由の一つなんだろうな。
だからコウキくんもさ、そんな怯えた顔しなくていいんだよ。
「おい赤海」
奥の二人だってそう。
「何お前。担任あたりにチクろうとか考えてる? でも意味ねえから。証拠とか全部消すし」
そんな殺気立った表情で私を脅す必要とかないのに。私、本当に怒ってないんだもん。そんなに私の事が信用出来ないかな。
……まぁ、信用出来ないか。普段の私が私だからね。少なくともコウキくんとデートする前の私なら、間違いなく出る所に出てこいつらの人生を終わらせてやる所だったし。
「なんで? 別にチクらないけど」
でも、生憎今の私は機嫌がよかった。とてもじゃないけど、怒る気分になんてなれそうにない。これは本当だ。だから私は、彼ら二人の抱える不安を真っ向から否定して、安心させてあげる事にした。
「もしかして私が怒ってると思ってる? 全然だから。怒るどころかすっきりしたよ。やっぱさ、私なんかが告られるとかあり得ないって、ずっと不安だったんだよね。でも、罰ゲームだってわかったおかげで安心した。なんか逆にホッとしたまであるって言うか」
でも、こんなに長々と喋ったらちょっと言い訳がましいかな。全然気にしてないって強がりながら、この陽キャ二人に媚びているようにも見えるのかな。だとしたら今の私って、普段のコウキくんと一緒だ。イジメられているのではなく、イジられているだけ。皆んなに笑われるいじめられっ子じゃなく、皆んなを笑わせる愛されるイジられキャラ。そうやって自分より上のグループに、自分という存在を認知してもらう。
そっか。つまり、これがコウキくんなりの世渡り術なんだね。コウキくんはこんな風に馬鹿にされ続けながら、自分の居場所を守り続けていたんだ。
凄いや。少し前の私だったら、そんな生き方なんて想像もつかなかった。私の事を馬鹿にしてくる相手とか、見つけ次第ぶっ殺していたもん。
でも、今の私にあの頃のような生き方は出来ない。私はもう、強者に守られながらじゃないと生きていけない弱虫だから。
だったらコウキくんのその生き方こそが、正に今の私に必要な生き方じゃないのかな。今はまだクラスの嫌われ者な私だけど、これを機にコウキくんの生き方を見習えば。
「まぁ強いて不満があるとしたら……、コウキくん」
そしたらこんな私でも。
「ロボットって、もっとこうでしょ!」
私みたいな障害持ちの底辺でも。陽キャに認知されて、クラスの人気者になれたりするのかな。そんな淡い期待を胸に秘めながら、私はロボットを生み出す魔法使いだった頃に鍛え抜いた、渾身のロボットダンスを披露して見せた。
その瞬間、場の空気が凍てつくのを感じた。当然だ。私がこれまでにどれだけのロボットを生み出し、観察して来たと思っているんだ。なんなら私自身サイボーグになった事だってあるし、ロボットの真似ならこんな足でも誰にも負けない自信がある。見るからに運動の出来なさそうな私が、これ程のプロ級ロボットダンスを見せつけているのだ。そりゃあ声だって出なくなるだろう。
……なんて。
「……ど、どう? これがプロの改造人間流ロボットダンスだよ。結構上手いもんじゃない?」
本当はただドン引きされているだけな事くらい、わかってた。私はダンスを止め、急激な運動で荒れた息を落ち着かせながら、苦笑いを浮かべる。
「ねぇ、何その顔ー。自虐ネタ披露してドン引きされるのが一番キツイんだけど。もっと爆笑してよ」
そしたら。
「お前、マジで怒ってねえの?」
陽キャの内の一人が、恐る恐る私にそう訊ねて来た。
チャンスだと思った。底辺の私が、陽キャカーストに所属出来るかも知れない、千載一遇のチャンス。ここで彼らの好感度を上げておけば、晴れて私もイジられキャラの仲間入りである。しかもコウキくんとは違って、障害という常人には中々イジれないようなインパクトを持った強烈な個性だ。このまま行けば私、明日にはコウキくんの地位を横取りしちゃうかも知れない。
「うん! ていうかこの際だしぶっちゃけるけど、私本当はこういう自虐路線で行きたかったんだよねー。デブとか正にそうじゃない? 自虐が出来るデブは皆んなの人気者になれるのに、自虐が出来ないデブはコンプレックスを抱えながら教室の隅でウジウジしてんの。マジでキモい。それなら私だって自虐が出来るデブの方がいいもん」
だから私は必死にアピールする。私の障害はいじって良いんだよと。寧ろいじってくれない方が私としては辛いんだよと。
明日からは、陽キャの玩具としての立ち位置になっても別にいいやと思った。そんなのでカースト上位のグループに入れるなら。その程度の事で学校が私の居場所になってくれるなら。この程度の屈辱、私は屈辱だとは思わない。それどころか私の居場所を保証してくれる強い武器なんだと、私はこの障害を誇りにさえ思う事が出来る。
「まぁ、いきなり言っても信じて貰えないよね。普段の私って、ちょっと性格あれだったし。なんていうか、移植を受ける前は毎日体調が悪くてね。ずっとイライラしてたのは本当なの。でも移植を受けてからは体調もすっかり回復して、イライラする事もなくなった。だけど今更キャラ変えるのも難しいじゃん? 本当どのタイミングで自虐キャラに移行しようかずっと悩んでて」
だから私はコウキくんのように媚びて、媚びて、媚びへつらって。それでも向こうは私の事が半信半疑みたいだから。
「本当ごめんね? 今まで態度デカくて。今日からは足を洗う事にするから。……ま」
「……」
「洗う足はないんだけどね」
「……」
ならばとばかりに、私の方から自虐ネタを提供して。
「ルフィを守る為に海王類に食べられちゃったし」
「……」
「だってよシャンクス……っ、足が! みたいな?」
皆んなが笑ってくれるまで、何度でも自分の体をネタにして。
「……っ、ぷっ」
そしたらほら。二人とも、やっと爆笑してくれた。お腹を抱えながら、私の事を指差しながら、まだ辺りには人目がそこそこあるにも関わらず、渾身の抱腹絶倒で私の事を笑ってくれたんだ。
「赤海お前障害ネタはヤバいって! ガチで洒落んなんねえから! つうかなんだよお前そういう奴だったのかよー! ずっと誤解してたわ」
「ほんとそれな? ってか何? マジでネタにしてもいいの? 俺ガチで遠慮しねえよ?」
気づけばもう、二人の目から私に対する敵対心は消えていた。彼らの中での私の評価が、決して触れてはいけないクラスの腫れ物から、いくらでもイジっていい俺達の仲間へとランクアップしたのである。
「当然。もう好きなだけお願い! 何かある度に差別差別って騒ぎ続ける最近のポリコレ的な思想って私大嫌いだもん」
「それめっちゃ同意なんだけど! 特にアメリカとか黒人だの障害者だのエグいらしいじゃん」
「それな? リトルマーメイドのアリエルが黒人化とかマジビビったし。あー言うの見る度に俺日本に生まれてよかったわーって思うんだよなー。なんかもう黒人や障害者に対して差別とか平等とか意識し過ぎて、逆に世の中おかしくなってね?」
「わかる。黒人や障害者に配慮とかいらないよね」
「お前そう言う意味で言ったんじゃねえんだよ! 赤海、それガチで不謹慎過ぎてヤバい! ハハッ、クッソおもれぇ!」
そうやって彼らと談笑しながら、私は思った。前までの私は、何を意地になっていたんだろう。ほんと、何もかもザンドの言う通りだった。こんな障害ごときで卑屈にならず、寧ろこの障害をネタにしてガツガツ私の方から歩み寄れば、私の学園生活はこんなにも簡単に薔薇色に染める事が出来たんだ。なんかもう、簡単過ぎて拍子抜けだよ。
「いひー。そういうわけで私、今日からこう言うキャラでやって行くんでよろしくー」
ねぇ、ザンド。
「打倒、ポリコレだー!」
私ね、友達が出来たよ。
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