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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
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不良と人形と人殺しと ⑥

 男子の顔をマジマジと見る。知らない男子だ……と言いたい所だけど。確かに私は彼の名前を知らないものの、しかしクラスメイトである以上毎日顔を合わすのだから、最低限の情報は理解しているつもりだ。特に彼は、私のクラスにおいてマイナスの意味で目立つ生徒だったから。


 自分が陽キャサイドの人間であると思い込んでいる陰キャ。それが私が彼に抱いている正直なイメージである。彼はよく言えば陽キャグループのイジられキャラとして、悪く言えばイジメ寸前の扱いを受けながら、カースト上位の面々と馴れ合っている。当然、そのカースト上位の面々には私への陰口を叩く連中も含まれている為、下っ端とは言え彼らのグループに所属しているこの男子の事も、私はそれなりに意識していた。馬鹿なピエロだと、心の底から見下していた。


 私に限らず、きっとあのクラスに身を置く殆どの生徒が、彼の立ち振舞いを見ながら哀れなピエロだと失笑、もとい同情している事だろう。上位カーストに身を置きたいが為に陽キャ相手に媚びへつらって、本当に可哀想な男だ。でも、私はこういう人間が嫌いじゃない。彼の事は見下してこそいるけれど、彼に対して嫌悪感を抱いた覚えは一度としてないのである。


 私は自分より劣った人間が好きだ。健常者の分際でこんな哀れな生き方しか出来ない人間がいるのかと思うと、私みたいな障害者の方がまだマシな人生を歩めているんだなと、自分の存在に価値を見出す事が出来るから。だから私は神に誓って彼の事を嫌っていないと。


「彼氏って何で? 告白でもする気?」


 そう、言い切れたんだけどな。しかしそんな私の神への誓いは、たった今をもって白紙に返った。


「告白する為に、わざわざ体育館の女子トイレまでつけて来たの?」


「え……いや、そういうわけじゃ」


「キモ」


 私は彼に抱いた気持ちを包み隠しもせずにそのまま口に出し、さっさと教室に戻ろうとしたのだけれど。


「ま、待てって! 俺まだ何も言ってないじゃん!」


 松葉杖を使って、ようやく健常者に一歩劣るスピードで歩ける私である。そんな私を引き留めるのなんて、健康な体を持った彼には造作もない事。男子高校生の年相応に大きな手のひらが、私の肩をがっしりと掴む。


「何勝手に掴んでんの?」


「あ。その……」


「痛いんだけど」


「……ご、ごめん」


 彼が私の肩から手を離した所で、私は少々大袈裟に肩を叩いた。


「それに俺まだ何も言ってないじゃなくてさ。何も言わなくたって大体わかるんだよ。どうせ罰ゲームでしょ? しょーもな」


 そして今度こそ教室へ戻ろうと踵を返したものの。


「……は? いや、ちげえよ!」


「……」


 今度は手首を掴まれ、制止させられる。まったく、今朝の事と言い今と言い、今日は男に掴まれてばっかだな。私は小さな溜め息を吐きながら振り返った。


「へー、違うんだ。意外。つまり本気なの?」


「そりゃまぁ……そうだけど」


「という事は四肢欠損フェチ? 余計引いた。キモ過ぎる。さようなら」


 そして私の手首をがっしりと掴むその手を振り払おうと、腕に力を込めたのだけれど。


「……はぁ」


 振り払えない。手首の血流が止まりそうなくらい、彼の手のひらがガッチリと私の手首を握り締めている。思わずため息まで出てしまった。


 陰キャとは言え、そこはやはり成長期男子の握力か。私みたいな女子なんて……いや。仮に私が男子だったとしても、片足をなくして踏ん張る事も出来ないこんな体である。私みたいな弱虫じゃ、同い年の男子一人振り払えやしないのだ。


 あーあ。歯痒いな。歯痒さ超えて悔しいや。私はもう、一生誰にも勝てない。今朝だってそうだ。私はダッちんに手首を掴まれて、びくともする事が出来なかった。ダッちんが小学生離れした体躯を持っていたのを抜きにしても結果は同じだろう。魔法使いの障害者からただの障害者に逆戻りした私は、ダッちんどころか普通の子供にさえ喧嘩で勝てやしない。


 私の最強伝説は、数日前にザンドと決別してから幕を下ろした。健常者を見下せていたあの日の私はもういない。今後誰かと衝突するような事になっても、相手が実力行使で私の事を捩じ伏せて来たら、私は悪足掻きさえ許されずに制圧させられる。


 私はもう、ただの弱虫だ。健常者に助けて貰わないと生きていく事も出来ない、社会の足手まといなのだ。


「しつけえな……」


 そういう事実を自覚する度に、私の機嫌は行き場をなくす。弱者の私が強者の彼にこんな態度で刃向かって。相手が逆上して来たら勝ち目がないのだってわかっているのに、憎悪が勝手に口から漏れ出てしまう。まぁ、こいつが私の言葉に逆上して来れるような相手でないのはわかった上での発言だけど。


「それはだから……ごめんだけど」


「……」


「でもさ。俺、まだ何も言ってないじゃん」


「……」


「そもそも告ってさえいないのに……、それで振られるとか……」


 彼の腕が私の手首から離れる。私を解放するつもりになったわけではないのだろう。彼は両手で自分の顔を包み込み、大きく深呼吸をして心を落ち着かせていた。一回、二回、三回。それから更に数秒程の沈黙を経た辺りで、ようやく決意が臆病を上回ったのだろう。彼は顔から両手を離し、私の顔を真っ直ぐ見つめて。


「好きです。付き合ってください」


 そんな捻くれも面白みもない、ただただ単純で真っ直ぐな告白を私へ送った。


「私さ。女って四つのランクに分けられると思うんだ」


「……へ?」


 告白の返事は、例え話でする事にした。


「恋人も友達も充実しているAランクの女。恋人はいないけど友達には不自由していないBランクの女。そして恋人も友達もいないぼっちのCランク女と、恋人はいるけど友達はいないDランク女って感じにね」


「ん?……な、何の話? つうかCランクとDランク逆じゃね? 何で恋人も友達もいないぼっちの方がランク高いの?」


 突然の例え話に首を捻る彼。私の例え話はまだ続く。


「Dランクの女は、自分はモテる陽キャだって勘違いしてるからだよ。女ってさ、下手な美人よりも冴えない陰キャの方が彼氏持ち率高いんだよね。だって男って、手の届かない高嶺の花より、自分なんかでも抱けそうな低ランク女の方が好きなんでしょ? そんな男に妥協されて付き合ってる事にも気づけてない馬鹿しかいないんだよ、Dランクの女って。同性に好かれないのに彼氏持ちとか、そう言うの穴モテとか肉便器とかって言うんじゃん」


 そこまで言って、ようやく彼は例え話の意味に気づいたのだろうか。……いや。


「……」


 ポカンとした間抜けな表情を浮かべている辺り、全然わかってそうになかった。


「私はそんなDランクの女になりたくはない」


 だから私は、こんないい高校に通っておきながら最低限の察しもつかない馬鹿な彼と、そんな彼の為に学費や塾費を捻出している彼の両親に同情しながら、わざわざ例え話の意味を教えてあげた。


「私の言いたい事わかる?」


 彼のような陰キャが私に告白する行為。それは。


「お前、私みたいな友達もいない障害者なら自分なんかでも付き合えるとか思って告って来たんだろって言ってるんだよ」


 私に対する最上の侮辱であるんだよと。


「人の事なめてんじゃねえぞ」


 これでもかというくらい分かりやすく伝えてあげたのだ。


 そこまで言って、ようやく彼は私の意図に気づいたようだ。俯き、項垂れ、握り拳を作り。


「……なんでそんな事言うんだよ」


 悔しそうに小さく呟く。


「捻くれすぎだろ。俺は本当に……一学期の頃から好きで……」


 未練がましそうにぼやく。そんな彼の姿に、僅かながらも面白みを感じてしまったものだから。


「私のどこが好きなの?」


 私は壁に体重を預け、通路の端っこにペタンと座り込みながら。


「聞くだけ聞いてあげる。全部とか、そういうクソみたいな事は言わないでよね。あと少しでも嘘臭いと思ったらすぐ帰るから」


 少しだけ、彼の話に耳を傾けてあげようと思ったのかも知れない。


 まぁ、そうでなくても彼のような健常者が私みたいなのに好意を持つとか、一体どんなきっかけがあったんだろうという気持ちが、ほんの少しだけあったりなかったりもしたのだけれど。


 だがしかし。


「好きなアニメがあって」


「は?」


 そんな私の期待とは裏腹に、彼の口から出た第一声は私の期待をどん底まで叩き落とすようなものだった。


「えっと……聲の形って知ってる? 耳の聞こえないヒロインと主人公の恋愛なんだけど」


「まぁ、知ってるけど」


「あ、そうなんだ。俺、あの映画めちゃくちゃ好きでさ。その映画見てから……なんつうの? 俺もあんな……誰かを助ける恋愛って言うのかな。そう言うのに憧れてて……」


「へー」


「そんなんだから一学期に赤海の事を知ってから、なんか気になっちゃってさ。その、赤海車椅子で登校して来た日とかあったじゃん? あー言うの俺が押してあげる……みたいな。そんな妄想結構しちゃってて」


「ふーん」


「それで……なんかもう、気づいたら赤海の事ばっか考えるようになっててさ。だから俺……、もういっその事告白してみようかなって」


「そっか」


「……まぁ、うん。そう、思いました。はい」


「……」


 彼の好意の感想を単刀直入に言ってしまおう。聞かなきゃよかったなー。である。


 どうしよう、鳥肌エグいんだけど。陰キャな上にアニメと現実をごちゃ混ぜにしちゃうタイプのオタクかよ。え、何? こいつ妄想の中で私の事介護してたわけ? 私こんな奴に介護されてたの?


 鳥肌が……っ、あー鳥肌が……っ!


 無理だなこれ。こんなんでも人生初めての告白だったし、万が一、いや億が一、なんならもっと飛んで兆が一の確率くらいでならこんなのと付き合う世界もあったのかなーなんて思いもしたけど、ないわ。絶対ない。生理的に無理。


「ふーん。そうなんだ。私の事助けたいか」


 というわけで。ここは目には目を作戦で行こうと思った。


「ちょっと嬉しいかも。そんな事言って貰ったのって初めてだし」


 目には目を、歯には歯を、使徒にはエヴァをである。生理的嫌悪感を覚えるこの男子には、同じく生理的嫌悪感を覚える化け物をぶつけてしまおう。1と-1をぶつけてゼロにしてしまおうと思いついた。


「じゃあさ。仮にだけど私が別の障害を持っていたとしても好きになってくれたの?」


「別の障害?」


「そう、例えばダウン症とか」


「ダウン症……」


 さぁ、言え。YESと答えろ。その瞬間、こいつをアスタの通う特別支援学校幼稚部の先生に紹介してやる。あそこって常にボランティアの人を募集しているんだよね。そこで化け物に囲まれながら、プラスマイナスゼロになるが良い。


 私は彼の口から偽善に塗れた答えが出てくるのを


「いや、流石にあー言うのはちょっと……」


「え」


 期待していたのだけれど。聞き間違いだろうか。こいつ今、嫌だって答えたような。


「何? 障害者を助けたいんでしょ?」


「いやいや、そもそも俺赤海の顔が好きなのもあるって言うか……。でもダウン症って……あれだろ? 24時間テレビとかによく出てくる」


「うん」


「んー……。例え赤海でも、あんな顔だったら多分俺……」


「……」


「無理……かも。いや、絶対無理だ」


「……」


 どうやら聞き間違いなどではなかったようだ。彼は今、間違いなくダウン症児の事を差別した。私という障害者の目の前で、別の障害者の事を悪く言ったのである。そんな彼の姿を目の当たりにして私は。


「びっくりした」


 思わず口角が上がってしまった。口角が上がるだけならいざ知らず。


「めっちゃ正直じゃん。ウケるんだけど。え、待って。今自分が何を言ったかわかってる? 障害者の私の前で別の障害者を差別したんだよ? 何それ……っ!」


 そこで私の会話は一旦途切れてしまったのだ。物理的に会話が出来なくなったのである。お腹の中から笑いが込み上げ、数日ぶりの大爆笑が口から溢れ出た。


「え……。な、何でそこで爆笑?」


「だっていきなり変な事言うんだもん……っ!」


「変な事って……。いやでも赤海、嘘言ったから帰るって言ったじゃん。だから俺正直に……」


「いやだとしても正直過ぎでしょ! 私の事好きとか言っといてさぁ! そ、そこは普通肯定しなきゃダメじゃない? 私の機嫌を取る為に! あー、おもしろ……っ。久々に笑ったんだけど……!」


 お腹に両手を当てながら一通り笑った所で、ようやく腹筋の痙攣が治って来た。私は一度お腹から手を離し、大きく深呼吸をする。


「面白い……のか? え、赤海キレてんじゃないの……?」


 そんな私を見ながら彼は不安そうに訊ねて来た。やはり彼のような察しの悪さでも、あんな事を言っては私に拒絶されるかも知れないという一抹の不安はあったらしい。生憎、私に限ってはそんな事全然ないのだけれど。


「キレる? 私が? どうして?」


「いや、だって赤海の前でこんな……。他の障害者を悪く言って……」


「まさかー。キレないキレない。むしろ最高だった。だって私も障害者が嫌いだもん。もし偽善者ぶって肯定して来たら、ダウン症児だらけの支援学校でボランティアさせようとか思ってたし」


 キレるどころか、めちゃくちゃ機嫌が良くなったのだけれど。


「気が合うじゃん、私達」


 私は大爆笑による涙を人差し指で拭った後、そのまま彼に向かって手を差し出した。そして。


「試しに付き合ってみる?」


 とりあえず放課後にデートの約束を取り付けて、この場は一旦お開きになった。

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