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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
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不良と人形と人殺しと ④

 イヴ。ダイチくんの言葉からして、その少女はイヴという名前らしい。彼女の名前も知れた所で、僕は改めてイヴさんの事を見てみた。


 膝下から切断された左足には義足が嵌められていて、義足による歩行にはまだ慣れていないのか、歩行のサポートとして松葉杖を持っている。その右目には眼帯がついているけれど、それが物もらいのような一時的な症状なのか、それとも完全に視力を失っているのかは、現時点では判断不可能。


 ……けど、なんというか。少女の身長と体格をザッと見たところ、身長の割に体格があまりに痩せ過ぎているように思えた。


 病的なまでに痩せた体にこの性格の悪さである。なんか、思わず誰かを思い出してしまいそうになった。今になって気づいたけれど、彼女の声質はどことなくトヨリと似ているような気もする。声のせいでゴローは彼女をトヨリだと思い込んでしまったのだろうか。いくらトヨリを彷彿とさせる共通点があった所で、この人には動物を愛する最もトヨリらしい心が欠如していると言うのに。


 しかし、こうまじまじとイヴさんの事を見ていると、10代の若さでそんな体を持ってしまった彼女に同情してしまう所もある。仮に彼女の右目が完全に視力を失っていたのだとしたら……、そうだな。視力を失って、四肢の切断が伴って、体も痩せてしまう病気として思い当たるものはいくつかあるけれど。有名な所で言えば糖尿病とかがそうだ。しかし糖尿病による網膜症や四肢切断なんて、長い長い年月をかけてようやく実行されるような物だし、多分これは違う。


 ……まぁ、どんな病気や障害を負っていたとしても、僕としては彼女との付き合いはこれっきりにしたい所だし、僕には関係のない話だ。今はどうやってこの状況を掻い潜るかを考えた方がいい。ダイチくんの制止も、いつまで保つかわからないのだから。


「離して」


 ダイチくんに腕を掴まれた事で、ゴローを杖で叩き伏せられない現状が不満なのだろう。イヴさんは彼に掴まれた腕に力を込めた。


「無理っす。そいつ、俺のクラスメイトなんで」


 しかしダイチくんはそれを断った。いくら実年齢が小学生でも、いよいよ180センチに到達しそうなその体に秘められた腕力は伊達じゃない。彼からすれば10代の少女を拘束する事なんて。それも片足を失った障害者を拘束するのなんて造作もない。


 でも、イヴさんはきっとそういう力負けする現実をよくは思わない人だ。イヴさんの表情は次第に怒りの色が見え始め、ダイチくんとの言い争いが幕を開ける。


「そうなんだ。でも私には関係ないから」


「そうっすね」


「わかったら離して」


「嫌です」


「なんで? 離してよ」


「出来ません。離したらそいつの犬、殴るでしょ」


「ダっちんには関係ない」


「関係なくても無理なもんは無理っす。そういうの見たくないんで」


「見たくないじゃないよ。だったら私達なんか放っといてどっか行けば?」


「イヴさんがそいつらを許してくれればどっか行きます」


「わかった。じゃあ許す。これでいいでしょ? 早く離して。どっか行って」


「……」


「何? 何で離さないの? 許すって言ってるじゃん」


「……」


「私の事、信じらんない?」


「……」


「都合悪くなったら黙んのかよ」


「別にそういうわけじゃ……」


「じゃあ離せよ」


「いや……」


「いいから離せよ」


「でも……」


「あー、ったく」


「……」


「だーかーらーさー……っ」


「……」


 そして、水面化で静かに殴り合うような二人の押し問答が、いよいよ終わりを告げる。水面化での戦いは、イヴさんの激昂をもって目に見える形で現れた為だ。


「離せっつってんだろっ! 障害者虐めて楽しいかよ!?」


 痺れを切らしたイヴさんの拳が、ダイチくんの鼻にめり込んだ。


 真っ黒なアスファルトに、ポタポタと赤い雫が垂れ落ち紅に染まって行く。ダイチくんは片手でイヴさんの手首を掴み、もう片方の手で買い物袋を持っている。言ってしまえば両手が塞がっている状態だ。対してイヴさんはと言うと、片手はダイチくんに握られているものの、もう片方の手は自由自在。そんなイヴさんの拳が、ガラ空きのダイチくんの顔面を叩きつけるのはさぞ容易だった事だろう。


「楽しくないっす」


 けれどダイチくんは動じない。滴り落ちる鼻血の事なんて気にも留めず、ただただイヴさんの事をじっと見つめながら懇願するのだ。


「全然楽しくないっすよ。だからお願いします。やめてくださいイヴさん。大体虐めてんのはイヴさんの方じゃないっすか」


 そんなダイチくんに動揺したのだろうか。抵抗を試みるイヴさんの腕からはスルスルと力が抜けていき、さっきまでのように無理矢理彼の拘束から逃れようとはしなくなった。


「つうか……、マジでどうしたんすかイヴさん。なんか今日様子おかしいっすよ」


「……はぁ? 何もおかしくないんだけど」


「いや、絶対おかしいっす。何で今日のイヴさん、そんな性格悪いんすか」


「……」


「先週はあんなに優しかったのに。…………………いや。まぁ、はい。所々『やべえなこの女頭おかしいわ俺に関わんのやめてくんねえかな』って思う事はありましたけど」


「…………………………」


「でも今みたいな性格の悪さはありませんでした。俺、先週のイヴさんの方が好きっす。何で今日そんなイライラして……………………」


 と。そこでダイチくんの口が止まる。それは言葉が出てこなくなったと言うより、何かをふと思い出して意識をそっちに持っていかれているみたいな、そんな印象を感じさせた。


「あー、そっか。なるほど」


 実際僕の予想は当たっていたようで、ダイチくんは何かを思い立ったかのように、それまで頑なに離そうとしなかったイヴさんの手首から手を離してしまった。突然の出来事にイヴさんも驚きを隠せなかったようで、動揺した表情でダイチくんの顔を覗き込んでいる。それでダイチくんはと言うと、突然イヴさんの手首から手を離して何をするのかと思いきや、徐に買い物袋の中身を漁り始めたのである。


「あの……えっと。あのですね。今、俺のお袋体調が悪くて寝込んでて……。それでその……俺今買い出しとか代わりにやってたんですね。でー……、お袋用にこう言うのとかも買ってて。それで……」


 で。


「よかったらどうぞ」


 買い物袋の中からバファリンルナを取り出し、イヴさんへと差し出すのだった。


「……」


 イヴさんは差し出されるがままにバファリンルナを受け取る。が、受け取ったは良いものの、自分の身に何が起きたのかよくわかっていないようで、イヴさんはその鎮痛剤を暫く凝視しながら何かを考えていた。


「……っ!」


 それから数秒程考えた所で、その薬が何なのかをやっと認識したのだろう。ポカーンとしていた間抜けな彼女の表情が、ハッとなる。そして。


「違えよっ! 何勘違いしてんだ!」


 自分が不機嫌な理由についてダイチくんにどう思われているのか、そこでようやく気づいたのだろう。冷徹という言葉がピッタリだったその表情は瞬間的に赤く染まって行き、恥ずかしさの行き場を手のひらに込め、ダイチくんの右頬に渾身のビンタをかますのだった。


 鼻血が出る程の正拳突きと、右頬への平手打ち。どちらが痛いかと言えば誰もが前者と答えるだろうが、何故かダイチくんはビンタを食らった時の方が辛そうな表情を浮かべているのが面白かった。


「死ねクソ野郎っ!」


 とは言え、このおかげでイヴさんは捨て台詞を吐きながらスタスタとこの場を後にする。彼女に許されたのかどうかはともかくとして、どうやら僕はこの危機を脱する事に成功したようだ。


 だからまぁ、なんと言えば良いんだろう。状況から把握するに、僕はダイチくんに助けて貰った事になるのだけれど。


「助けてもらった身でこういうのもあれだけどさ」


 でも。


「今のはダイチくんが悪い」


 流石に今のはノンデリ過ぎだよ。


「なんで……、俺はただ気を遣って……っ、女にとって、あれの日って気を失うくらい痛む人もいるんだぞ……? だから俺、イヴさんもそうなんじゃないかって心配して……、なのになんで……っ」


 それからしばらく、僕はダイチくんの泣き顔を拝む事になる。でもいい加減学校も遅刻しそうだから、ダイチくんの肩をポンポンと叩きながら最低限の慰めを捧げであげた。


「いい加減泣き止んで。そろそろ学校に行かないと遅刻するよ」


 ダイチくんはすぐに顔を上げ、「あーもうそんな時間か」と立ち直った。ダイチくんは強い子だったのだ。


「じゃあ俺もう帰るから、お前も気をつけろよ? 面倒見切れないなら犬三匹も連れて散歩とかやめとけ」


「うん。ありがとう。次からは気をつけるよ。ダっちんは体調不良のお母さんの為におつかいだっけ。偉いね」


「次それ言ったら殺すかんな」


 次ダっちんって言ったら殺されるそうだから言わない事にした。


「俺は一通り家事終わらせてから行くよ。学校にも連絡してるし。そんじゃ……」


 自分の身の上話を簡単に話し終え、別れの挨拶をしたダっちん。しかし彼が挨拶を言い終える直前、不意に彼のスマホが鳴り出す。


「はい、もしもし。どうかしました? こんな朝に」


 ダっちんは連絡相手の名前を見て、驚いたように電話に出るのだけれど。


「……え。バイトと連絡つかないって……。なんすかそれ、バックれられたんすか!? いや、でも今日ってめちゃくちゃ予約入ってる日っすよね。俺らだけで店回せるんすか?」


 小学生のくせに、まるでバイト先の店長と話でもしているかのような内容の会話だ。ダっちん、歳偽ってバイトでもしてるのかな。まぁ僕が言えた立場でもないんだけど。


「はい、はい……。……は? 知り合いに焼肉屋のバイト経験者か、もしくは未経験でもいいからどんな作業も卒なくこなせる万能な助っ人はいないか? いやいや店長。そんな都合のいい知り合いとかいるわけ………………」


 そして。


「……」


「……」


 ダっちんと目が合う。ダっちんは僕の存在を確かめるように僕の姿を凝視した後、「あの、とりあえずまたかけ直しますんで」と、電話先の相手に断りを入れて通話を切った。その後、気まずそうに後ろ髪を掻きながら、僕に一つの話を持ちかけて来たのだけれど。


「なぁ。ヨウイチさんぶっ倒した時さ。今度暇があったら遊ばねえかみたいな話したよな」


「したね」


「な? したよな? でさ」


「……」


「今日の夜、焼肉屋さんごっこしね?」


「……」


 まぁ、助けられた恩は返さなきゃか。しばらく魔法の使えない僕は、ダっちんが思っているような超人的な働きは出来ないと思うけど。

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