博愛の魔女 ⑫
B29。それは高性能エンジンを4機も搭載した、歴史上最も日本人を殺害した米軍爆撃機である。
それらは日本軍における零式艦上戦闘機(零戦)の性能を遥かに凌駕しており、零戦の性能が最高高度6000m、最高速度560km/h、航続可能距離2500kmであるのに対し、B29では最高高度10000m、最高速度570km/h、航続可能距離9000kmと、全てにおいて零戦を上回っていた。
また、零戦が一人しか搭乗出来ない小型の戦闘機なら、B29は全長30mを誇る大型の爆撃機であり、11人もの搭乗員と大量の爆弾を搭載出来る事から「超空の要塞」とも呼ばれていた。零戦では一人の人間が操縦、射撃、レーダー通信などを全て行うのに対し、B29では11人の搭乗員がそれぞれ機長、副操縦士、爆弾投下係、航行針路係、機関士、無線通信士、レーダー操作、中央砲手統制、左側砲手、右側砲手、後方砲手と役割分担されている為、全ての行動を最適に実行する事が出来たのである。
それに加え、B29では機内の環境も冷暖房により搭乗員が快適に過ごせるよう最適化されており、日本軍によって撃墜させられたB29からは薄着の搭乗員が捕虜として捕らえられた程である。しかし米軍は快適な環境のおかげで薄着で搭乗出来ていたにも関わらず、薄着の捕虜を見た日本軍は、米国はもはやまともな服すら軍人に支給出来ない程資源が枯渇していると思い違いをした。ならば米国への勝利も目前であると、致命的な勘違いをした。
国民全員が貧困に苦しみながら生きている日本が、戦時中にディズニーやトムとジェリー等といった娯楽アニメを国民が楽しんでいるようなアメリカという国に勝てると自惚れてしまったのだ。その自惚れが1945年8月6日と8月9日の悲劇を招く事になるだが……、まぁそこから先は私とは無関係なまた別の話。
ここで重要なのは、B29には計11人の搭乗員がいたという事だ。私はそんな爆撃機に向かって魔法を放った。私がこの世界で最もよく使った魔法は、生活の為の魔法。とりわけマッチが配給制になってからは、毎日のように発火の魔法を使い続けた。そんな私の得意魔法が、上級への一歩を踏み出した事で出力が爆発的に増加し、B29のエンジンを燃え上がらせる。
私の攻撃を受けたB29は、無数の火の玉を放ちながら空中分解を起こして墜落していった。が、私は墜落していくB29目掛けて『ゼルル』と、もう一つの魔法を重ねがけする。それは機体のドアを固く施錠し、搭乗員全てを機内に閉じ込め、落下傘による緊急脱出を阻止する為の魔法だった。私は既に決意していた。日本本土に飛来して来た無数のB29のうち、あの機体がチヅちゃん達を殺した物だとは限らない。けれどチヅちゃんを殺した機体の仲間であるのなら、彼らは一人残らず。
『……殺してやる』
と。
『はぁ……っ、はぁ……っ』
撃墜した機体の発見までに、それほど時間は掛からなかった。あれだけ大きな塊が炎を纏いながら川の上流へ墜落したのだ。彼らが無数の焼夷弾を投下してくれたから、障害物となり得る建物は全て崩壊し、景色は清々しいくらいに晴れている。機体の墜落場所から立ち上がる黒煙もよく見えた。おかげで3分も走った頃には、川の中で燃え上がる機体と巡り会う事が出来た。
金属を叩く音と、金属によって反響した人間の悲鳴が聞こえる。燃え盛る爆撃機の窓から中の様子を覗いてみると、墜落の衝撃から奇跡的に命を取り留めた3人の米軍が、爆撃機の内側を叩きながら懸命に助けを求めていた。彼らが助けを求める目の前の少女が、まさか自分達を墜落させた張本人であるとも知らずに。
そんな彼らの姿を見て私が何をしたのかと言うと、別に何もしていない。私はただ、熱によって弾け飛んだ爆撃機の破片が当たらない程度の距離から、3人の生存者が蒸し焼きになる様を眺めているだけだった。
これは後に知った事ではあるのだけれど、B29は急ピッチで量産された事が災いし、いくつかのエンジンでは杜撰な生産に起因する脆弱さが目立ったようで、折角の高性能エンジンがオーバーヒートを起こしやすく、火災の原因になる等言った不具合が何度か発生していたようだ。この時の私には当然そんな知識なんてなかったものの、そんな熱に弱い爆撃機に対して、私は発火魔法という最善の一手を放つ事が出来た。
魔法によって密閉された機内。熱に弱い爆撃機は、高温と黒煙を放ちながら、生存者の体力を消耗させていく。
最初の一人が死亡したのは、それからすぐの事だった。一酸化炭素中毒によって眠るように倒れるその姿を見て、私の中でとある不満が振り募って行くのを感じた。
二人目が死亡したのは、それからもう少しだけ時間がかかった。二人目の死因も、やはり一酸化炭素中毒によるもので、彼も一人目と同様に、安らかに眠るようにその命の灯火を消していく。そんな二人目の死に様も、やはり私に満足感をもたらしてはくれない。これだけ沢山の民間人を殺しておいて、こんな安らかな死に方が許されて良いわけがない。だから私は。
『いいわ。出してあげる』
最後の一人だけは最上の苦痛を味わわせて殺してやろうと、爆撃機にかけた施錠の魔法を解いたのである。
爆撃機の扉が開き、中から最後の生き残りである一人の米軍が這い出て来た。日本人のような黄色人種では決して得られない、白人特有の大きな背丈と筋骨隆々としたガタイの良さ。平常時では決して私のような子どもが敵うはずのない体躯ではあるものの、しかし目の前の彼は立つ事さえ出来ないでいるのが現状だ。撃墜による衝撃から生還したは良いものの、それでも落下の衝撃は確実に彼の体を傷つけ、全身の骨をズタズタにへし折っていたのだ。
私は川の中に落ちていた瓦礫の中から、釘のはみ出た瓦礫を拾い上げる。そして芋虫のように這うその米軍に、渾身の殺意を込めた視線を送り。
『I'll kill you』
と、明確な殺人の意思を言葉に乗せて放った。……が、しかし。果たして私の殺意は彼の耳に届いているのだろうか。私がそう疑問に思ってしまったのは、彼の奇怪な行動に原因があった。
彼は芋虫のように燃え上がる機体から這い出ていた。けれど、いくら体のあちこちを骨折していたにしても、その動きはあまりに遅すぎる。
それもそのはずだ。何故なら彼は、自分だけが脱出して助かろうとはしていなかったのだから。体に括りつけたロープを死体となった味方に結びつけ、自分と一緒に脱出しようと試みているのだ。
『何やってるの?』
私はその無意味な行動について問いかけるも、彼からの返答はない。ただひたすらに涙を浮かべながら、既に死んでいる仲間の亡骸をなんとしても引きずり出そうと足掻いている。
『それ、もう死んでるのよ。そしてあなたもそうなるの』
私がどれだけ脅しをかけても、やはり彼は仲間との脱出を諦めなかった。それからも断腸の思いで仲間の救出に取り掛かり、そしてようやく仲間一人と共に機体からの脱出に成功するのだけれど。
『Hey……』
『……』
『Don't die……!』
『……』
『Come on John……、come on……!』
『……』
私が何度死んでいると教えてあげても頑なに信じず、死体になった戦友らしき同僚の名前を何度も呼び、それでも戦友は目を覚さないものだから。
『…………waaaaahhhhhhh!!』
遂に彼も戦友の死を認識し、戦友の額に自分の額を重ねながら泣きじゃくるのだった。そんな彼の姿が、私の苛立ちを一方的に刺激する。彼らまるで自分達が被害者だとでも思っているんじゃないだろうか。
でもまぁ、別にいい。そう思いたいなら勝手にそう思ってくれて構わない。そっちの方が私としても、遠慮なく殺せるから。私は釘の生えた瓦礫をもって、ゆっくりと彼の方へと近づく。そして彼の頭部が私の射程圏内にまで入った所で、ようやく彼は私の姿を認知したのだった。
彼は一瞬、私の顔に視線を送った後、私の手に握られた凶器の方にも目線を配った。殺意に塗れた私の表情も相まって、これから自分が何をされるのかを察したようだ。そんな状況で彼が放った一言というのが。
『Please …… accept my deepest …… apologies/深くお詫びする』
『……』
『I beg you …… to forgive …… me/お願いだから許して欲しい』
なんていう命乞いだったものだから。
『…………ふざけるなあああああああああああっ!』
私は手に持った瓦礫を、無抵抗な米兵の頭部に叩きつけた。
瓦礫越しに、人の頭を叩き割る衝撃が伝わる。もっとも、瓦礫を使ったとは言え、その瓦礫を叩きつけているのは紛れもなく私という非力な子どもの腕力である。果たしてこの一撃で本当に彼の頭が割れているのかはわからないけれど、それならそれで割れるまで何度も叩きつけるだけである。
『ふざけるなふざけるなふざけるなぁっ! 何でお前が泣くんだ!? 泣きたいのはどっちだ!? お前が殺した人は、もう泣く事も出来ないのに……っ! お前は命乞いしているみんなの為に爆弾を止めたのか!? 自分達だけ安全な場所から爆弾を落としてたくせに! 何も悪い事をしていないチヅちゃん達を殺したくせにっ!! 鬼畜米英! この鬼畜米英ーっ!』
二発、三発、四発、五発。私のような栄養失調で非力な子どもでも、流石に休む間もなく瓦礫を叩きつけると、大の大人の頭蓋骨の軋む確かな感覚が手の平に伝わった。
『I have a …… seven-year-old …… daughter/7歳の娘がいるんだ』
『そんなの知るか! お前が殺した人の中にだって子どもの親がいたんだ! 自分だけが助かるなんて思うな! 殺してやる! お前の首を切り落としてお前の子供に送りつけてやる! そうやって泣きじゃくるお前の子供も、お前の首の前で嬲り殺しにしてやるーっ!』
そうして十発目の殴打を叩きつけた時だろうか。骨の軋む音だけを響かせる彼の頭蓋骨が、そこに来てようやく叩き破れる脆い音を奏でた。
少しでも面白いと思っていただけたなら下の方で⭐︎の評価をお願いします!
つまらなければ⭐︎一つでも全然構いません!
ブックマーク、いいね、感想などもいただけるととても励みになります!




