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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
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博愛の魔女 ⑩

『すごい……』


 闇市。生活必需品のほぼ全てが政府に管理され、配給制となったその時代。数年にも渡る極貧生活を送り続けた私は、初めて目にした物資だらけの環境を前にして、素直な感想が無意識に口から漏れ出てしまった。


 台東区や江戸川区など、主に東京の下町で開かれていた闇市の会場は、右を見ても左を見ても今の時代では中々手に入らない品物ばかりで、ここが本当に私の知っている日本なのかと違和感さえ覚える程で、そこに幼さ故の好奇心が拍車をかけてしまい、興奮が抑えきれない。


 ダイゴロウさんがこんな体になってからはオート三輪の運転もままならない為、東京の下町に訪れたのがそもそも久しぶりだったというのもある。けれど仮に私の住まいが東京の中心地だったとしても、ここまで多くの食糧や衣類の集まった場所を見てしまっては、興奮を抑える事は敵わなかった事だろう。


 ……でも、そうなって来ると私の中には一つの疑問が浮かび上がって来るわけで。


『でも、おかしいわ。何でここはこんなに資源が溢れているの? こんな目立つ所で闇市を開いているのも変よ。兵隊さん達は何も言わないの? うちに来る兵隊さん達は、有無を言わさず私達のお米やお野菜を持って行っちゃうのに』


 闇市。闇とついているからには、政府にバレないようコソコソ隠れて資源のやり取りをしているのだろうと思っていた私は、到底戦時下だとは思えないこの堂々とした市場が不思議でならなかった。そんな私の問いに、ダイゴロウさんはどこか暗い表情で答えてくれたのだけれど。


『聞いた話によると、ここの露店商の多くは軍のお偉いさんの身内じゃないのかって言われている。よくある話だ。上官の息子はわざと身体検査の評価を落として兵役を免除させたり、資源の配給も自分の親族にはこっそりと裏回ししたり。そうやって余分に手に入れた資源を、こういう場所で法外な値段でぼったくるってな』


 道理で暗い表情を浮かべている筈だった。あれだけ死を恐れるダイゴロウさんが戦地へと駆り出され、手足や眼球まで失って戻って来たと言うのに、軍の関係者というだけで安全な場所でのうのうと生きている人がいる。それどころか私達から搾取した物資を猫ババしている可能性まで示唆しているというのだ。


 果たして、ここに置いてある品物は本当にそう言った経緯で横流しされた品物なのだろうか。村の皆んなが汗水垂らして作った作物を、我が物顔でぼったくっているのだろうか。


『まぁ、根拠のない噂話さ。出所のわからない噂やデマの怖さは震災の時に身をもって理解している。あまり考えるな。俺達は噂の出所を探りに来たんじゃなくて、野菜を売りに来たんだろ?』


『……』


 その真相は結局闇の中ではあるものの、しかし露店商の中にはポツポツと小太りした大人が混じっているのもまた事実。太りたくても太れないこんなご時世で、脂肪を蓄えたその体には嫌悪感さえ覚える。けれど結局はダイゴロウさんの言う根拠のない噂話である事に違いはなく、私は口から吐き出そうになった嫌悪感を無理やり喉の奥へと追いやった。


『さて、売買の方は俺達大人でやっておくから、二人は適当にその辺りでもぶらついていいぞ。日が暮れたらまたここに集合しよう。では中田さん』


 ダイゴロウさんの合図を受け、チヅちゃんのお爺さんが先にオート三輪から降りる。そして足のないダイゴロウさんの為に車椅子を外に出し、ダイゴロウさんを受け入れる準備をした。


『だってさ。どうするカトリちゃん?』


『そうねぇ』


 私とチヅちゃんは、オート三輪の荷台からその様子を窺いながらこれからの予定について考えた。何せダイゴロウさんが徴兵されて以来の東京である。行きたい所は沢山あるし、見てみたい物も沢山あった。しかも、それを今日は親友のチヅちゃんと一緒に見て回る事も出来る。なんならこの闇市を見て回るだけでも楽しそうに思えて仕方がないのだけれど。


 ……。


 ふと、まだ寒さの残る三月にしては珍しい嫌な汗が額から垂れた。そして、私はこの汗の理由をよく知っていた。チヅちゃんのお宅に居候し、タダ飯食らいを続けた私だからよく知っている。このしつこく焦ったい粘りのある汗は、人から嫌悪感を向けられた際に出てくるものだ。チヅちゃんのお母さんから嫌な目を向けられる度に、私はこういう汗を流していたんだ。そして……。


『……』


 そう言う視線が今、ダイゴロウさんに向けられている。


 別におかしな事ではないだろう。こんな戦争の時代ではなく、平和な現代だってダイゴロウさんみたいな人が大衆の前に姿を現せば、同じような視線を向けられるものだ。それが倫理観や道徳感が現代とはかけ離れたあの時代ならば尚のこと。


 容姿の不気味さから目を向ける者。容姿の物珍しさから目を向ける者。怖い者見たさで目を向ける者。それとも単なる差別意識から目を向ける者。様々な悪意がダイゴロウさんの体に向けられている。村の皆んなは身内のようなものだから、ダイゴロウさんの体についてあれこれ言う人も、奇異な視線を向ける人だっていなかった。


 でも、村の外に出たらこれだ。……いや、これが普通の反応なのだ。もしも私があちら側の人物だったら、きっと彼らと同じような視線をダイゴロウさんに向けていただろう。だから私は。


『ダイゴロウ!』


 彼の味方であると、胸を張って言い切れる私は。


『私も一緒にお手伝いする!』


 そんな視線を向ける彼らからダイゴロウさんを守りたいと、そう思った。


 私はダイゴロウさんの返事を聞くよりも早くオート三輪の荷台から飛び降り、彼の座る車椅子の後ろに回った。私が行動すると、チヅちゃんも笑顔で『じゃあ俺も!』と荷台から飛び降り、私の隣へ降り立った。


『おい、二人とも。ここは色々と危ないし、子どもにいられたら……』


 そんな私達の好意を、ダイゴロウさんをやめてくれとでも言わんばかりに拒絶するも、そのお願いばかりは聞き入れたいとは思わなかった。


『大丈夫よ。ダイゴロウさんなら私達の事、しっかり守ってくれるでしょ?』


 我儘と意地悪を混ぜ合わせたような悪戯な笑みを浮かべて、ダイゴロウさんに笑いかける。チヅちゃんも私の真似をしながら、二人で挟み込むようにダイゴロウさんへ笑いかけたものだから、ダイゴロウさんは追い詰められた鼠のように狼狽えてしまった。


『二人とも、遊びじゃないんだ。ここに来る人は皆んな資源不足で追い詰められている。スリも出るし、暴漢だって出るんだぞ? ワシらもそんな物から子どもを守る自信なんて』


 すると今度はダイゴロウさんに代わって、チヅちゃんのお爺さんが私達を説得しようと前に出たものの。


(ねぇ、見てあれ)


 その直後、自覚のない悪意に満ちた声が、どこからともなく聞こえて来たのだ。


(可哀想に……。戦争で失くしたんだわ)


(あれじゃあもうロクな仕事も出来ないだろうなぁ)


(俺は羨ましいね。こちとらいつ赤紙が来るか怯えながら毎日生きてんだ。手足失くしたくらいで徴兵が免除になるなら……)


(そうねぇ、親想いの良い娘さんもいるみたいだし。将来は働かないまま娘さん夫婦に養われる生活かしらねぇ)


 絶え間なく囁かれる自覚なき悪意の声。そんな声を背に受けながら、ダイゴロウさんはばつが悪そうに俯いてしまう。けれど、それらの声はすぐさまダイゴロウさんの耳には届かなくなった。


『ねぇ、お願いダイゴロウ!』


 簡単な話だ。私はただ、おねだりをする為にダイゴロウさんの頭に抱きついただけなのだから。彼の頭を両腕でぐっと抱擁しながら包み込む。そんな姿勢を取ったものだから、彼の頭に巻きついた私の両手が、偶然彼の両耳を塞いでしまったのである。


 私はダイゴロウさんの耳が塞がっているのを確認して、彼に悪意をぶつける面々に視線を送った。そして小さく一言だけ『うるさい』と伝え、ダイゴロウさんを笑う彼らを笑う為に『べーっ!』と、小さなベロも突き出した。


 自覚なき悪意の声はすぐに消え去る。文字通りの意味でダイゴロウさんに後ろ指をさしていた人達も、私に睨まれたのを機にただの通行人へと身分を変える。この場から悪意の声が完全に消え去った所で、私はダイゴロウさんの頭を抱擁から解放した。そして。


『私達も一緒にお手伝いするわ。いいでしょ? ダイゴロウ。お爺さん』


 二人は困ったような顔で見つめ合ったものの、自分達のそばから決して離れない事を条件に、仕方ないとばかりに私のおねだりを了承してくれた。





 そんなやり取りがあったのが、半日も前の事だ。闇市から歩いていける距離に存在する下町の銭湯。ここは闇市目当で郊外からやって来た人達の宿場としても利用されており、夜遅くまで食糧のやり取りをしていた私達は、暗い夜道を帰るのも危ないと思い、この銭湯で一泊する事になる。


『……』


 そして私は妙な胸騒ぎというか、下腹部騒ぎというか。……まぁ、言ってしまえば尿意をもよおした事で、こんな夜に目が覚めてしまったのである。


 私は同室で雑魚寝しているチヅちゃんやチヅちゃんのお爺さん、それにダイゴロウさんを踏まないよう、最善の注意を払いながら厠へ向かおうと立ち上がった。


『……あれ?』


 足元に最善の注意を払っていた私だから。


『……ダイゴロウ?』


 その場にダイゴロウさんの姿がない事に、すぐに気がつく事が出来た。


『ダイゴロウ!』


『カドリー?』


 ダイゴロウさんはすぐに見つかった。慌てて銭湯を飛び出してすぐだ。銭湯前の花壇の石積みに腰を下ろしながら、静かに夜空を眺めていたのである。そんなに長く走ったつもりはないのだけれど、慌てたせいですっかり息を切らしてしまった私。私はダイゴロウさんの隣まで駆け寄ってから、焦りを怒りへ変換させた。


『ダメじゃないダイゴロウ……。こんな暗いのに一人で外に出て。転んだらどうするつもりだったのよ!』


『ははっ、悪い悪い。狭い部屋で雑魚寝していたせいか息が詰まってな。新鮮な空気を吸いたかったんだ』


『もう……』


 反省の色を見せないダイゴロウさんに呆れながら、ため息をつく。しかしこうして普通に見つかったものだから、怒りに変わった私の焦りはやがて安堵に変わり果て、私も彼の隣に腰を下ろした。


『どうした? 先に寝てていいぞ。俺ももう少ししたらすぐ戻る』


『イヤ。心配だから一緒に戻るわ』


『心配って……、子どもじゃないんだから』


『そうよ。ダイゴロウは子どもじゃないんだから心配かけないでよ。私、後二十日くらいで魔界に帰るのに……』


 ダイゴロウさんに寄りかかり、その肩に自分の頭を乗せた。ダイゴロウさんは私が倒れないよう、私の肩を抱き寄せながら思い出話でもするように口を開いた。


『あっという間だったな。お前が隣にいる生活が当たり前になり過ぎて、来月にはお前がいなくなるなんてイマイチ実感がわかない。なんなら今でもお前が魔女の子だなんて信じらんないくらいだよ。見た目はどこからどう見ても可愛い人間の女の子なのに』


『なによそれ。私が魔法を使っている所なんて、今まで何度も見て来たでしょ?』


『俺が使ったわけじゃないからな。俺も一度くらい使ってみたいもんだ。例えば飛行機や気球なんかを使わず、自分の力だけで空を飛んでみたい。人間に生まれたからには、誰だって一度はそういうのを夢見ちまうよ』


『……ふーん』


 そんなダイゴロウさんの夢を聞き、私は視線の行き先を僅かにずらす。星の輝く夜空から、ダイゴロウさんの隣に置かれた杖の方へと。


『そういえばダイゴロウ』


 私はその杖を手を伸ばし。


『この世界の物語に出て来る魔女は、箒を使って空を飛ぶそうね』


 ゼルルを体内から取り出して。


『飛行魔法』


 そして周囲に人目がないのを確認してから、空を飛ぶ為の呪文を唱えた。


 次の瞬間、私とダイゴロウさんとダイゴロウさんの杖が重力から解き放たれ、ふわふわと宙に浮遊する。私は急いで杖に跨って、ダイゴロウさんも私の前に跨らせた。もっとも、これは杖に跨って飛んでいると言うより、杖ごと私達を浮遊させているだけなのだけれど。


『どういう風の吹き回しだ?』


 私の粋な計らいを受け、ダイゴロウさんが楽しそうに笑みを浮かべながら訊ねて来た。


『折角下町まで来たんだもの。それにもしかしたらこれが最後の東京になるのかもしれないし、だから』


 私は飛行の速度を上げ、春先の夜空を駆けながら答えた。


『東京の夜空をデートしましょ?』


 こうして私とダイゴロウさんの、長い長い夜が幕を開ける。


『あーあ。どうせならチヅちゃん達にもこの景色を見せてあげたかったわ』


『おいおい、折角異世界留学完遂目前なのにそんな事をしたら……』


『わかってるわよ。ただ言ってみただけ。でも私、最後の一日はチヅちゃんにもこの景色を見せてあげようって思ってる。記憶を消すその日に限っては、私の正体がバレても大丈夫な事になっているから』


『そうなのか。でも大丈夫かな。あの二人、今も銭湯で寝ているんだろ? どちらかが目を覚まして俺達がいない事に気づいたら、大慌てするんじゃ』


『大丈夫よ。二人ともへとへとだったじゃない。今日は忙しかったものね』


『あー、それもうそうだな。俺も久しぶりに疲れたよ。でも、おかげで今日は色々と交換出来てよかった。砂糖もあるし、牛乳もある。後は氷屋で氷をもらえば、アイスクリームが作れるぞ? メリケン粉も沢山手に入ったし、ケーキを作ってみるのもいいかもな。覚えてるか? 初めてカドリーをデパートに連れて行った日、お前と来たら洋菓子が滅多に食べられないからって顔がベタベタになるまでケーキを食べて』


『……』


『カドリー?』


『……』


『どうした? そんな思い詰めた顔をして。アイスクリームにケーキだぞ? 嬉しくないのか?』


『……ううん。ただ、砂糖や牛乳よりも干物をもっと交換しておきたかったなって思って。砂糖はまだしも牛乳なんて日持ちしないじゃない。あと二十日くらいで私は魔界に帰るのよ? 私がいなくてもしばらくはダイゴロウが食事で楽出来るように、保存の効く食糧を溜めておきたかったの。欲を言えば電気式の洗濯機も欲しかったけど、流石にお野菜との交換じゃ無理だったわね……。ダイゴロウ、その体じゃ洗濯板で洗濯するのも苦労するだろうし。……いいえ、洗濯やお料理どころかお風呂もお掃除もお片付けも全部が大変だわ。ハァー……、ダイゴロウに良いお嫁さんが出来ればいいんだけど。倹約家だけどケチではなくて、しっかりと栄養の整ったご飯を作ってくれて、綺麗好きで、お裁縫も得意で、ダイゴロウの体に偏見を持たず常に寄り添ってあげて。それでいてダイゴロウの子どもも5人くらい産んで欲しいわ。これからの時代、沢山子どもを産んで人口を増やそうって政府も言っているし、家族が多ければ多いほどダイゴロウも助かると思うのに。あーーーーん、一度考え出すと心配毎が滝のように溢れて来るぅ……』


『お前は子離れが出来ない俺のお袋か何かかな』


『心配かけるダイゴロウが悪いのよ』


『そうは言ってもな……。ならこうしよう。残りの二十日間、家事は全部俺一人でやる。それが出来ればお前の心配ごともなくなるだろう。なに、お前の6年間の苦労に比べれば、このくらい大した事ないさ』


『苦労? 何よそれ』


『ん?』


『私、全然苦労なんてしていないわ。ダイゴロウさんと過ごしたこの6年間、本当に楽しかった。……まぁ、ダイゴロウさんのいない一年半は悲しかったけど、苦しいって思った事は一度もないのよ?』


『……』


『私はこの世界に来てよかった。私の事をこんなにも大切にしてくれるあなたと暮らせて、本当に幸せだった。ダイゴロウのおかげでチヅちゃんって言う親友も出来て……そりゃあ親しくなった分、別れの日が来たらとても悲しい思いをする筈だわ。お母様からも友達はいないに越した事はないって言われていたし。でも、友達も作らないで一人ぼっちで引きこもり続けていたら、きっと私は嫌な女になっていた気がするの。別れるのは辛い事だけど、別れが辛いと思えるような人に出会えた事は、間違いなく私の幸せだわ』


『……』


『ありがとう、ダイゴロウ。……それなのに、ごめんなさい。私に友達を作る為にあんな高いラジオを買ってくれたのに、みすみす兵隊さん達に渡しちゃって』


『……っ、はっはっ』


『……何よ?』


『あぁ、いや。悪い、馬鹿にするつもりはないんだ。ただ、お前と出会ったばかりの頃を思い出してな。あれだけ我儘三昧だった小さなお姫様が、よくもまぁこんな素直な良い子になったもんだなって』


『……』


『子どもが変わっていく姿ってのは、どうしてこう嬉しさと寂しさが同時に込み上がって来るんだろうな』


『……』


『まぁ、子どものお前にこんな事を言ってもわからないか』


『別にわからなくもないけど。私もダイゴロウさんが変わって行く姿を見て、なんか寂しいって思うようになったし』


『変わった? 俺がか?』


『変わったわよ! 戦争から戻った日から……。なんか』


『……』


『冷たくなったって……いうか』


『……』


『ほ、ほら。前までは死ぬのが怖いって、ダイゴロウずっと震えていたじゃない。でも戦争から戻って来てからダイゴロウ、なんだかそう言う事を全く言わなくなったような気がする。寝る時も震えなくなったし、いつも落ち着いているし。……それに、蜘蛛だって』


『蜘蛛?』


『……ううん。なんでもないわ。そ、そうよ! 言い方が悪かったんだわ。冷たくなったんじゃなくて、逞しくなったのよ。戦争から戻ってから、ダイゴロウはとても強くなった。これってきっと良い変化だわ。あーあ、折角ダイゴロウが強い男になって戻って来たのに、あと二十日くらいでお別れしなきゃいけないなんて』


『……』


『……でも、これでダイゴロウさんのお願いも叶えてもらえるわね』


『……』


『誰も死なない世界。ダイゴロウはその願いを自分のエゴだって言うけれど、私はそうは思わない。だってダイゴロウが生きて帰って来た時、私心の底からほっとしたのよ? 大切な人が生きているのか死んでいるのかもわからないって、本当に辛いの。生死不明であれなら、本当に死なれた日には人はどうなってしまうの?』


『……』


『ダイゴロウさんのお願いは、人達からそういう不安を取り除いてあげるとても優しいお願いなんだって、私は思ったわ。少なくとも私は、ダイゴロウさんの願いが叶えば二度とあんな不安な思いをしないで済むって、ホッと出来るから』


 私達の長い長いお喋りに、ようやく終わりが見えた。私は来た道を戻るべく、杖を旋回させた。辺りの景色はすっかり建物が少なくなった東京の郊外である。何も考えず、行き先をただただ風に任せてこんな所にまで飛んで来てしまった。万が一にもチヅちゃん達が起きてしまっては軽い騒ぎになるだろうし、早く下町の銭湯まで戻ってしまおう。


 私は杖の方角を下町に合わせ、来た時以上のスピードで飛行を再開する。


『……あのな、カドリー。実は』


 そんな私に向かって、ダイゴロウさんは振り返りながら何かを言おうとして来た。でも、私はその言葉を最後まで聞き取る事が出来なかった。


『ねぇ、ダイゴロウさん』


 私が彼の言葉を遮ってしまったからだ。……でも、仮にダイゴロウさんがあのまま言葉を続けていたとしても、きっと私はその言葉を最後まで聞き取る事なんて出来なかった筈だ。あんな光景を目の当たりにした私の意識は、どう足掻いてもダイゴロウさんの方へは向けられないのだから。


『何? あれ』


 1945年3月10日午前00時08分。


『東京が明るいわ』


 皆が寝静まった深夜の東京が、紅に染まる。

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