博愛の魔女 ⑤
その日からモノクロになりかけていた私の景色に、彩り鮮やかな色が映るようになった。
『カートリちゃん! あーそーぼ!』
『チヅちゃん!』
以前、お爺さんのおつかいで私に大根を届けに来てくれた女の子、中田チヅちゃん。彼女は私がこの世界で初めて出会った子どもであると同時に、この世界で最初の親友にもなった。何故か私の事をカドリーではなく香取と聞き間違いをしていたものの、しかしダイゴロウさんの親戚の子という設定で生活している手前、日本人離れした名前よりも香取と呼ばれた方が何かと都合がいいので、私はその聞き間違いを受け入れている。
『いらっしゃい! ちょうど良かったわ。食べかけのスイカがあるんだけどチヅちゃんも食べる?』
『いらねえよ』
チヅちゃんは男3人女1人の4人兄妹の末っ子な為か、口調や性格がやや男勝りである。
『おやつなら俺も持って来たんだ。一緒に食おうぜ?』
『え! 何々?』
『乾パンとネギ味噌』
『……』
未だに発酵食品に慣れていない私は、ネギ味噌の入った壺から漏れる味噌の香りに鼻を摘むしかなかった。
『本当に食わねえのか? 美味えのに』
『いい……、くしゃい……』
乾パンにネギ味噌。現代の日本からすれば信じられないような組み合わせではあるものの、しかし戦前の日本ではあまり乳製品が好まれてはいなかった。乳製品を摂取する文化のなかった日本人の体は、乳糖を分解する機能が欧米諸国の人より未熟だった為、乳製品を摂取するとお腹を下してしまうからだ。その為戦前では、アイスクリームと言えば乳を使わないアイスキャンディー、パンに塗るものもバターではなくネギ味噌と言った具合に、食の欧米化への道のりはまだまだ長い様子。
とまぁ、食文化に関してはまだまだ馴染めない私ではあるものの、歳の近い友人が出来た私の生活は、笑い方を忘れかけていた私に、かつてのような笑顔を取り戻させてくれた。
ある日は当時の玩具で遊んだり。
『ねぇ、チヅちゃん。なんだか鞄がパンパンに膨らんでいるわ。何を持って来たの?』
『これか? 色々玩具持って来たんだ。ほらこれ、花はじき』
『花はじき?』
『芋の澱粉で作ったおはじきだよ。ガラスのおはじきの方が綺麗だけど、子どもは飲み込むから危ないって、母ちゃんこれしか買ってくれねえんだ』
『へー。でもこれあまり美味しくないわね』
『食うなよ。それは食っても大丈夫なものなのであって、食うもんじゃねえんだよ。食うなよ』
ある日は外遊びに誘われたり。
『裏山?』
『うん。皆んな集まってる。カトリちゃんも行こうぜ? どうせ体が弱いって嘘だろ』
『……う、嘘じゃないわ。私はカドリー。ダイゴロウの親戚の子で喘息の治療の為に引っ越して来た4歳のカドリーよ。日光にも抗えないくらい体が弱いせいで6歳になっても学校には通えないって言われている病弱なカドリーなのよ』
『その説明口調が嘘臭えって皆んな言ってんだぞ』
ある日は頑なに外遊びをしたがらない私の為に、皆んなで私の家に集まって遊んだり。
『みんないらっしゃい! あのね、昨日ラジオの娯楽小説で時代劇がやってたの! それで今日はチャンバラごっこがしたくてみんなの分の刀を作ってたのよ! みんなで斬り合いましょう! やぁ! たぁ! とぉっ!』
『ぜってえ体弱くねえよカトリちゃん』
そして。
『ただいまー。昼飯にしよう。……って』
午前の畑仕事を終えたダイゴロウさんが帰って来ると。
『あっははっ。それだけ夢中になってくれたら、買った側としても嬉しくなるな』
友達と一緒にお昼のラジオ放送を聴き入る私達の姿を見て、ダイゴロウさんが心底嬉しそうに笑ってくれた。
安価な鉱石ラジオはイヤホンでの聴取が必須だった為、一度に少人数でしか聴くことが出来ず、また音を流している際は声も押し殺して聴かなければ上手く聞き取る事が出来ない。その点出力の大きい真空管ラジオなら、スピーカーから大きな音を垂れ流しに出来る事から、大人数で集まって、ラジオの感想を口にしながらでも十分過ぎる聴取が可能である。おしゃべり盛りな子どもからすれば、この皆んなで感想を言い合ったりする時間がとても貴重な経験であり、その為ダイゴロウさんの思惑通り、私の家はいつの間にか子ども達が集まる憩いの場と化していた。三ヶ月近くも孤独を貫いた私の生活は、真空管ラジオを購入してからものの数日で孤独とは無縁な物となってしまったのだ。
高価な真空管ラジオを買ってまで私の日常に生き甲斐をもたらしてくれたダイゴロウさんには、感謝してもしきれない……
『しーっ! ダイゴロウしーっ! お歌の時間だけは静かに!』
『え……あぁ、ごめん』
……と、言いたいところだけれど。そこは少しずつ本当の親子のような関係を築きつつある私達である。子どもというのは、親に対する感謝の気持ちが酷く希薄なのだ。親が自分に尽くしてくれるのは当たり前。育ててくれた親の愛を実感し、感謝したいと思うのは大抵自分が大人になってからだ。故に4歳の私も、働き詰めの毎日を送ってまで高価なラジオを買ってくれたダイゴロウさんの苦労なんてなんのその。お気に入りの番組が放送されている時にダイゴロウさんが声をかけて来ようものなら、鬼の形相で彼を睨みつけたものである。
私は真空管ラジオのメリットである大音量なんてそっちのけで、声を押し殺してその番組に聴き入る。当然、一緒に聴いていた子ども達も、この番組の間だけは何人たりとも声を出すのを許すつもりはない。それだけ私はこのお歌の番組を気に入っていたのだ。
いくらラジオが、テレビが登場する前の大衆娯楽の代表とは言えど、テレビ番組の全てが子ども受けしないのと同じように、ラジオ番組だってその全てが子ども受けするような物ではなかった。土日こそ娯楽色の強い番組が多いものの、平日の日中ともなれば、流れる内容は株式市況や今日の献立、商品紹介となどと行った主婦への需要ばかり。しかしお昼の時間に限っては、お昼休み中のサラリーマンも聴取者のターゲットになっているのだろう。リラックスしながらお昼ご飯を食べられるよう、音楽の番組がよく放送されていた。
『はぁ……、良いお歌だったわ』
今日のお昼の歌番組が終わり、私はお歌の余韻に静かに浸る。
『カドリーは外国のお歌が好きなんだな』
そんな私を見ながら、ダイゴロウさんは我が子を見守る母のような表情でそう呟いた。
『うん、大好き。日本のお歌はダサいもの』
『あまり俺の母国の悪口は言わないで欲しいな……』
苦笑いを浮かべるダイゴロウさん。しかし現に民謡や歌謡曲、軍歌などと言った日本色の強い曲が奏でる旋律は、どうも私の耳には馴染まない。その点、お歌の時間で流れる海外の曲は、魔界の曲とも似た旋律を奏でる為か、とても心が落ち着いた。
『私も大きくなったら歌手になってみたいわ』
そして私は感動の余韻をなぞるように、ゴホンと喉を鳴らしてからその場で立ち上がり、お歌を歌った。その曲は、歌番組で耳にした多くの洋楽の中でも特にお気に入りの歌だった。そんな私の歌声を、微笑ましそうな眼差しで聞き入りながらダイゴロウさんが訊ねる。
『お、上手い上手い。それはなんて曲なんだ?』
私は答える。
『Grandfather's Clock』
邦題は。
『おじいさんの時計』
サチちゃん曰く、現代では大きな古時計という題目になっているようだけれど。
……でも、まさかこの歌のせいであんな事になるだなんてね。
それが起きたのは、夕食前の事だった。
『カドリー。夕食の準備を手伝って……って。何してるんだ?』
夕食の準備を手伝わせようと私の部屋へ足を踏み入れたダイゴロウさん。ダイゴロウさんは部屋の真ん中で横になりながら、何やら書き物に熱中している私の姿を不思議に思う。
『翻訳よ』
『翻訳?』
『そう。おじいさんの時計だけどね、あれって英語の歌詞と日本語の歌詞で全然違う歌詞になっていたの。だからちゃんとした歌詞に直してダイゴロウさんに聞かせてあげる!』
『へー、カドリーは英語も出来るのか。漢字や算術も少し教えただけでスラスラ覚えてくれるし、魔女って優秀な子が多いんだな。どれどれ』
感心した様子で私の隣に腰を下ろし、私の書き物を覗き込むダイゴロウさん。私はてっきり凄いだとか、立派だとか言われながら誉められる物だと思っていたのだけれど。
『……』
『……ダイゴロウ?』
しかしいつまで経っても何も言ってこないダイゴロウさんを不審に思い、その顔を見上げると。何やら青ざめているような、動揺しているような、お世辞にもポジティブな感情とは程遠い表情を浮かべる彼の姿がそこにはあって。
『……いや、なんでもない。夕食の準備をしてくるよ』
そしてダイゴロウさんは、目の前の何かから目を逸らすように、或いは怖い何かから逃げるように、私に夕食の準備を手伝わせようとした当初の目的も忘れて、台所の方へと足を運んでしまった。
その日の夜。
『……まただわ』
私は夜中に目を覚ます。最近はすっかり聞こえなくなっていたあの音が。この世界に来たばかりの頃によく聞いていたあの音が。ダイゴロウさんの寝室の方から聴こえてくる、何かを叩くような音が。その日からまた、ちょくちょく私の部屋まで響いてくるようになった。
しかしその異音の正体が明らかになるのに、それほど時間はかからなかった。きっかけはあれから数日後、夕食の席で今日あった出来事をダイゴロウさんに話していた際の事だ。
『あのね、ダイゴロウさん! 今日はチヅちゃんのお兄さん達と一緒に遊んだのよ!』
あの日は確か、真夏の日光も遮るような分厚い雲が空に浮かんでいた。それでチヅちゃんに『これだけ曇ってればお日様も当たらねえだろ。一回くらいみんなで外で遊ぼうぜ?』と提案され、私はチヅちゃんと彼女のお兄さん達と一緒に、裏山まで足を伸ばしたのである。そんな私の大冒険を聞き、ダイゴロウさんは目を丸くする。
『それは驚いたな。あそこの男兄弟はヤンチャな子が多いし、着いていくのも精一杯だったろ?』
『ううん! 私の知らない遊びを色々教えてくれてとても楽しかったわよ?』
『へー。どんな?』
『えっとね』
私は両手を使い、その日チヅちゃんのお兄さん達に教えて貰った新しい遊びをジェスチャーで再現した。目の前にトンボがいると仮定して、そのトンボの羽を両手で掴み、そして。
『トンボを捕まえて、こうやって羽を引っ張るの。そしたらトンボの体からうにゅってお肉みたいなものが出てくるのよ!』
そんな私の大冒険を聞いた瞬間、ダイゴロウさんの顔色が目に見えてわかるくらい豹変した。しかし、当時の私はそんな事にも気付かず、その日の出来事をウキウキと赤裸々に告白するのだ。
『他にも木に止まってる蝉を吹き矢で狙ったり』
吹き矢を使って蝉を射殺すジェスチャー。
『雀にタコ糸を結んで飛ばしたり』
雀の足にタコ糸をつけ、玩具にするジェスチャー。
『そうそう、雀の捕まえ方も凄いの! 塩ビパイプに小石を詰めて爆竹で飛ばすと、鉄砲みたいにパァンって小石が飛んでくの! それで雀を撃ち落としてね』
雀を捕獲する際に使った、簡易的な銃を作るジェスチャー。そのどれもがチヅちゃんのやんちゃなお兄さん達に教えて貰った、昭和に生きた子ども達の間で流行した遊びの数々であった。
子どもが小さな命を弄ぶのは、謂わば動物的な本能だ。人間に限らず、猫であろうが猿であろうが、小さい内は動く物全てに興味を持ってしまい、食べるわけでもないのに不必要に小さな命を摘み取ってしまうものである。
子どもは残酷だと言われるように、人間の子どもだってその例に漏れる事はない。ただ、人間には知識がある分、他の動物よりもタチが悪いのである。現代の子どもならば、命を弄ぶと言ってもせいぜい蟻を踏み潰す程度に留まるだろう。けれど昭和の時代と現代とでは、常識に対する考え方も大きく異なっている。特にあの時代は、爆竹などと言う簡易的な爆弾が子どもの玩具として駄菓子屋で売られているような時代なのだ。
爆竹を使ってカエルを破裂させる遊び。釣ったザリガニを餌に新たなザリガニを釣り上げる、無限ザリガニ釣り。ネズミの尻尾に火をつけて、暴れ狂うネズミから逃げる鬼ごっこ。現代では考えられないような残酷な遊びが、昭和の時代では当たり前のように楽しまれていた。
……が、しかし。昭和の何倍も平和になった現代でも、残酷な遊びをする子どもは0にはならない。捕まえた野良猫を川に放り捨てる者。池の亀に岩を投げて甲羅を割ろうとする者。目立ちたいが為に、それらの行為を動画に収めてSNSに投稿する者。どんなに時代が変わった所で、その時代の常識から逸れた行動に出る者というのは、必ず一定数はいるものなのだ。
『……ダイゴロウ?』
そして。
『カドリー』
『何?』
ダイゴロウさんもまた、そんな時代の常識から逸れた価値観を持つ、一定数の人間だった。ダイゴロウさんは一瞬、眉間にシワを寄せながら私を責めるような表情を浮かべていたのだけれど。
『……いや』
しかしそう言った残酷な遊びは、当時の子ども達の間で流行った普通の遊びなんだと。この遊びについて咎める自分の方が異端なのだとも理解していたのだろう。
『楽しかったか?』
『楽しかったわ』
『……そうか』
ダイゴロウさんは諦めたように、そう俯いた。そしてあの夜の出来事が起きるのだった。




