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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
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博愛の魔女 ④

『女の子?』


『そう。ダサい頭の女が大根を置いて行ったの』


『ダサい頭って……』


 ダイゴロウさんは苦笑いを浮かべながら握り飯を一口頬張った。


 ダサい頭の女の子が大根を置いて行ってから数時間。お日様が空の頂点まで登った辺りで、朝の宣言通り、ダイゴロウさんは一時帰宅をする。私はそんなダイゴロウさんに連れられて、村と田畑を一望出来る丘の木陰で昼食を摂る事になった。


 その世界独自の文化が垣間見える東京の街景色と違って、自然だらけの田舎景色に新鮮さは覚えない。ただの自然なら魔界にだってあるからだ。でも、少し前まで退屈に押し潰されていた私である。今となってはそんなありふれた田舎景色さえ愛おしくて、木の葉をくぐり抜けて吹き込む風さえ面白く感じてしまう。おにぎりの味も格段に美味しくなる、そんな素敵なお昼の時間だった。


『そもそもこの世界の人間って、どうして男も女も髪が短いの? みんな同じ髪型だとつまらないじゃない』


『仕方がないよ。外の国はわからないけど、少なくともこの国だと家にお風呂のない家庭の方が多いからね。毎日入浴出来る人なんてほんの一握りで、ノミやシラミがついたまま学校なんかに行くと皆んなに移しちゃうんだ。その予防と対策で、皆んな髪を短くしているのさ。それに戦争が始まれば、家にお風呂がある家庭でも毎日の入浴は出来なくなる。全く……、嫌な時代に生まれたもんだ』


『……』


 なんとなくだけど、この人は自分の生まれた国と時代を酷く嫌悪していると、あの時の私はそう感じた。しかしまぁ、ダイゴロウさんが私を六年間育てた見返りとして叶えようとしている願いは、この世界を誰も死なない世界に作り変える事。故に自分の願いと真逆の世界になろうとしている戦前のその時代は、彼にとってはまさに地獄の入り口も同然だったのだろう。世界そのものを変えようとしている彼が自分の世界を憎んでいるのは、わざわざ言うまでもない事だったのかも知れない。


『そういえばダイゴロウ。その女の子だけど、なんか私を見た途端嫌な顔をして逃げてったのよ。おかげで挨拶もろくに出来なかったわ』


『あー……、その事か』


『何か知っているの?』


『なんていうか……、仕事中にもご近所さんに言われたんだけどな。ちょっと嘘が悪い方に広まったみたいで』


『悪い方って?』


『カドリーちゃんの病気が移るかも知れないから、生天目さんのお宅には近づかないようにしないと、みたいな』


『えーっ!』


 思ってもいなかった事実に、私の不満は爆発しかける。


『何よそれ! 私、村の皆んなに悪く言われているの!?』


『まぁ……そういう事になるのかな。でも皆んながってわけじゃないよ。今朝来た女の子って、多分中田さん所のチヅちゃんだろ? あそこのお爺さんがカドリーちゃんを気遣ってお野菜を分けてくれたんだ』


『……』


『それにほら、村の皆んながうちに寄り付かなくなれば、カドリーちゃんの正体がバレる可能性もそれだけ低くなるって事だし』


『…………』


『それに』


『………………』


『それに……』


『……………………』


 不満は爆発しかけたけれど、爆発する事はなかった。私も分かってはいたのだ。ダイゴロウさんのお家に人が近づかない。それは私がこの異世界留学を完遂する上で、とても都合の良い条件である事に。魔界で散々母に言われて来た事だ。この留学の最後は、異世界で関わった全ての人から自分という存在を消す事で幕を下ろす。それは私を引き取ったダイゴロウさんでさえ例外ではなく、故に親交を深めた友人が多ければ多い程、私自身が傷付く事になると。母もその例に漏れる事なく、最低限の人間関係で留学を終えたのだと。


『……わかったわ』


 だから私は、そんな母からの警告を思い出しながら、自分の置かれた境遇を受け入れた。


『……』


 そんな私を見て、申し訳なさそうに眉を垂らすダイゴロウさん。彼は私がわがままを言えば困り果てた苦笑いを浮かべるけれど、私の聞き分けがいい時は決まってこういう悲しそうな表情を浮かべる。これは親になった今だからこそわかった事なのだが、子どもに気を遣われて聞き分け良くされる事は、わがままを言われる事より虚しくなる。


 子どもが駄々を捏ねるのは、いつだって信頼のおける大人に対してだ。もしも私がホリーに気を遣われたら、きっとあの時のダイゴロウさんと全く同じ表情を浮かべてしまうに違いない。ホリーを留学に出す前のたったの4年間とは言え、彼女を育てて来た私だからこそそう言い切れる。


 こうして村人から隔離された私の孤独な異世界留学が、淡々と虚しく過ぎて行くようになる。一日、二日、三日。一週間、二週間、三週間。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月。楽しい出来事も悲しい出来事も何も起きない私の人生が、ただひたすらに過ぎて行った。


 何もない。出来事というのは、無からは決して生まれない。人と出会い、人と触れ合い、人と親交を深める事で、出来事というのは生まれるのである。故に村人から隔離され、ダイゴロウさん以外との親交を諦めた私の人生には、何の出来事も起きなかった。


 朝はダイゴロウさんに起こされ、共に朝食を摂り、畑仕事に向かうダイゴロウさんを見送る。


 昼になれば帰ってきたダイゴロウさんと昼食を摂り、午後のお仕事に向かうダイゴロウさんを見送る。


 夜はダイゴロウさんと夕食を摂り、お風呂を済ませ、空いた時間に軽い世間話を交わしながら床に着く。


 毎日毎日、そんな変わり映えのしない生活を繰り返す。


 春頃はそんな自分の生活環境に不満を覚えながらも、その度に母の言葉を思い出しては、これでいい、お母様もこんな生活をしたんだから私もこうするべきなんだと、何度も自分に言い聞かせた。けれどそんな日々が続いて行くと、いつしか心が環境に慣れてしまい、不満さえも芽生えなくなってしまうのだ。季節が初夏に移り変わった時には、ダイゴロウさんに言われた事を、ただ素直に受け止めて首を縦に振るだけの人形のような状態になっていた。


『それじゃあ仕事に行って来る』


『……』


『今日は近くの川でスイカを冷やしてあるんだ。帰ったら一緒に食べような? 冷たくて美味しいぞ』


 季節が初夏になった頃には、ダイゴロウさんの口調も大分男らしい砕けたものとなっていた。でも、それは私との心の距離が近づいたというより。


『どうしたカドリー? スイカ、嬉しくないか?』


『……ううん。嬉しいわ』


『……そっか』


 日に日に孤独に慣れて行き、瞳から光を失っていく私を哀れんで、無理矢理にでも私との距離を縮めようと頑張っている彼の心境の現れなのかも知れない。


 そして、そんな日々が続いた七月の終わり頃だ。


『……また?』


 私は仕事に出掛けるというダイゴロウさんに対し、すっかり忘れ切っていた筈の不満の感情が再び芽生えてしまった。


『ごめん。どうしても忙しくてな』


 この世界に来てすぐの事。ダイゴロウさんは私に間違いなくこう言った。仕事が休みの時は、極力遊びにも連れて行くと。


 ダイゴロウさんのその言葉に嘘偽りはなく、現にそれまでのダイゴロウさんは、自分の休日は全て私の為に費やしてくれたのだ。山遊びもしたし、川遊びもした。月に一回は東京の中心地にだって連れて行ってくれて、その楽しみが孤独に生きると決めた私の、唯一の心の支えにだってなってくれた。


 でも、これで何度目だろう。毎回休みの度に私と遊んでくれたダイゴロウさんは、ある日を堺にぷっつりと休みがなくなり、私を遊びに連れて行くという約束を有耶無耶にして働き詰めるようになっていた。ダイゴロウさんがいなければ、私は本当の意味でのひとりぼっちになってしまう。ダイゴロウさんと遊びに行くのが唯一の楽しみだったのに、その楽しみさえもなくなってしまう。そしたらもう、私に残されたものはただの空白だけ。


 私は、このままだとただの空っぽになってしまう自分を怖れた。久しぶりに不満を爆発させ、わがままの限りを尽くし、今日も仕事に行くというダイゴロウさんを引き留めようと思い立った。


『あのな、カドリー。何度も約束を破って本当に悪いとは思うけど』


『……いい。いってらっしゃい』


 でも、ダメだった。結局その日、久しぶりに芽生えかけた不満の爆弾は、不発のまま静かに鎮火してしまった。孤独に慣れた弊害なのだろう。春頃の私なら、ここぞとばかりにわがままを言ってダイゴロウさんを引き留めたのかも知れないけれど、その時はもう不満を押し殺すのに慣れ過ぎてしまったのだ。不満は爆発させるのではなく、飲み込むものだと体が覚えてしまった。私はダイゴロウさんに見送りの挨拶だけして、トボトボと自分の部屋に足を戻した。





『……』


 それから更に、一ヶ月が経った。結局ダイゴロウさんはあれからも多忙続きで、私を遊びに連れて行った事は一度もない。毎日毎日飽きもせずに働きに出て、家を出る時間も早くなり、家に帰る時間も遅くなった。


 ダイゴロウさんが多忙になるのと比例して、私の時間は増えて行った。誰とも関わる事の出来ない私だけの時間が、淡々と増えて行った。


『……』


 耳を澄ますと聴こえてくる、近所の子ども達のはしゃぎ回る声。昔はそんな子ども達の声が羨ましかったのに、今ではもう何も感じない。風の音や蝉の鳴き声と変わりのない、ただの環境音としてしか脳が認識しなくなっていた。


 家の探索は、もうやり尽くした。ダイゴロウさんからはいくつかの玩具も買い与えられたけど、それももう遊び切った。ダイゴロウさんから日本のお歌もいくつか教えて貰ったけど、民謡だの歌謡曲だの軍歌だのと言った日本独特の曲調は、どうも私の耳には馴染まない。


 退屈だ。つまらない。退屈とかつまらないとか考えるのさえも億劫だ。私はこのまま、何もしないで消えて行くのだろうか。そんな途方もない暗闇について考えていた矢先の事。


『……何?』


 普段の生活では聞き慣れない、まるで重い荷物でも下ろすかのような大きな音が玄関先から聴こえて来た。


 似たような音なら何度か聞いた事がある。畑で採れた野菜をオート三輪に詰め込み、都会へ売りに行くダイゴロウさんを何度も見てきたから。けれどその時聞こえた音は、野菜を積み荷から下ろす音より遥かに大きく、遥かに鈍い。


 一体何事なのかと、すっかりと掠れてしまった筈の好奇心が私の体を突き動かす。謎の重量感の正体を目にするべく玄関先へと出向いてみると、そこには。


『……ダイゴロウさん?』


『お』


 オート三輪の荷台から、見慣れない装置のような物を下ろすダイゴロウさんの姿があった。


『何? それ』


『これか? これはな』


 私に訊ねられ、ダイゴロウさんは彼らしくもない悪戯っ子なような笑みを浮かべながら答える。


『良い物だ』


 そして。


『みんな! 手伝ってくれ!』


 ダイゴロウさんの呼び掛けに応じて、どこからともなく村の子ども達がゾロゾロと姿を現した。


 思いもよらない光景に、私の思考が一瞬止まりかける。しかし村の子ども達は、そんな私の困惑などお構いなしにダイゴロウさんの荷運びを手伝い始めた。心なしか、彼らの目には憧れのような、羨望のような、抑えきれない好奇心に支配された光が宿っているようにも見えた。


 ダイゴロウさん達は私の部屋までその装置を運び入れた。タンス棚の上にその装置を置き、装置に取り付けられたダイヤルやボタンをいじくり回しながら、ダイゴロウさんは呟いた。


『しばらく、遊びにも連れてってやれないで悪かった。一日でも早くこいつを買いたかったんだ』


 私はその装置の正体がわからなかった。ぱっと見わかるのは、ボタンとダイヤルのついた四角い木箱であるという事だけ。けれどその装置を運び入れる手伝いをしてくれた子ども達は、ダイヤルを回すダイゴロウさんの指先を見つめながら、何かが起こるのを今か今かと待ち侘びている。その四角い木箱から、私の想像もつかないような何かが放たれるであろう事は、子ども達の純粋な眼差しが物語っている。


『本当はカドリーがこの家に来る前に買っておきたかったんだ。でも、中々思うようにお金が貯まらなくてな。それで近頃は仕事を詰め過ぎて、カドリーには退屈な毎日を過ごさせちまった。本当に悪かったと思ってる。でも、安心してくれ』


 そして。


『退屈は今日でおしまいだ』


 木箱に空いた無数の小さな穴から、人工的な音が流れ始める。


『……これって』


 音だ。いや、違う。声だ。人の声が聞こえる。農作業の音と自然の音しか聞こえてこなかったこの家に、新しい音が反響している。ガサガサとノイズの混じったぶっきらぼうな音だったけれど、それは私を退屈させないと言ってくれたダイゴロウさんの言葉に十分過ぎる程の信憑性を持たせてくれたのだ。


『ラジオだ。それも真空管だぞ? 230円もしちまったよ。いやー、高い買い物だった。……でも、買って良かった』


 真空管ラジオ。昭和初期の日本には、二種類のラジオが存在していた。鉱石ラジオと真空管ラジオである。


 鉱石ラジオは10円(現代にして20000円)前後で買える比較的安価なラジオではあるが、増幅回路を持たないが為にパワーが低く、イヤホンから漏れる小さな音を聴き取るのが精一杯という代物だ。現代では100円ショップに売っている材料だけで自作する事も出来る、やすづくりな物である。


 対して真空管ラジオは、その名の通り真空管という増幅回路を持つことから、鮮明な音を大音量で流す事が可能な高級品だ。その為価格も鉱石ラジオの比にならず、最も安価な物でも120円(現代にして24万円)はくだらない。道理でラジオを操作するダイゴロウさんを、ヒーローでも見るかのような目付きで子ども達が見ている筈だった。


 真空管ラジオから流れる音声に魅了され、子ども達の口からは次々と『すげえ』だの『音でけえ』だのと言った感想が漏れる。


『なぁ、ダイゴロウ。本当に毎日聴きに来ていいのか?』


 子ども達の中の一人、以前私に大根を持ってきてくれたチヅちゃんと言う子が、ふとダイゴロウさんにそんな事を聞いてきた。私は驚き、思わずダイゴロウさんの顔を覗き込んでしまう。


『おう。好きなだけ聴きに来い。それでカドリーとも遊んでやってくれ。俺が仕事に行っている間、ずっと退屈させちまってるから』『ちょっと!』


 居ても立ってもいられなくなった私は、ダイゴロウさんの腕を引っ張って部屋の外まで連れ出してしまった。


『……ダ、ダイゴロウさん。何で?』


 周りに子ども達がいないのを確認し、いきなりこんなサプライズを持ち込んで来たダイゴロウさんを問いただす。彼は一体何を考えているのだろう。魔女に仲の良い友人は必要ない。どうせいつかは永遠の別れを果たすのだから、友人なんて増えれば増えるだけ辛くなるだけだ。何より孤独な生きるというのは、私の正体を隠す上での最も有効的な手段なのだ。


 私には異世界留学を完遂させる目標がある。ダイゴロウさんには願いを叶える目的がある。だから私達はそう言う生き方をしようと、お互いに決めた。決めた筈だったのに……。


『ここしばらくの間、喘息は移らない病気だって目一杯村の皆んなに教えておいた。もう村の連中に、カドリーをバイ菌扱いする人はいないよ。……いや、頭の硬いお年寄りはわからないな。でもまぁ、少なくとも若い連中はもうそう言う目でカドリーを見たりはしないだろう』


 ダイゴロウさんは私に言い聞かせるように、私の頬を両手で挟みながら、面と向かってそう囁く。


『カドリー。俺が間違ってた。やっぱり子どもは皆んなで遊ぶもんだ。正体がバレて留学が中断するかもだとか、そのせいで俺の願いが叶わなくなるかもだなんて考えるな。バレそうな時は俺がなんとかしてやる。だから』


 私の頬を挟むダイゴロウさんの手が、私の頬を吊り上げて無理やり笑顔に変えさせた。


『沢山遊んで、沢山笑ってくれ。もう三ヶ月近くもお前の笑顔が見れなくて、寂しくなっちまった』


『……』


 異世界留学四ヶ月目。その日は私とダイゴロウさんの関係が、ほんの少しだけ本物の親子に近づいた記念日となった。

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