第五章 第一話 志信、高校二年生その二
どれだけの時間が過ぎたのでしょうか。
うすぼんやりとした視界に、様々な人が見える。
志信を取り囲んで心配そうに見つめている。
母と、父だろうか?祖母の姿もあった。
「聖心愛は……?」
いないのか。いて欲しかったな……。
志信は落胆して、また眠くなった。
次に志信が見たものは、清潔そうな天井だった。
自分がいる場所はカーテンで仕切られたベッド。
ああ、ここは病院か。祖父を看取った時に来たことがある。
よくよく見れば、志信自身が大小様々なチューブでスパゲッティ・モンスターのようになっているのがわかった。
少しずつ、前のことを思い出してゆく。
そうだ……刺されたんだ。聖心愛をかばって。
聖心愛は……大丈夫だったかな……。
おかしいな。
あれだけ焦っていたのに、なんだかだるくて頭がまわらない。
でも、ショコラママは取り押さえられたみたいだし、たぶん、大丈夫だろう。
「ノブくん……?」
それからどれくらい経っただろうか。倫江が病室を訪れてきた。
「おはよう……お母さん」
「ノブくん……よかった。目を覚まさなかったらどうしようかと思った……」
「僕、どうなってるのかな。性転換手術でもされちゃった?」
「バカ……。心配したのよ」
「……うん、ごめん。でも軽口を叩けるくらいには、元気だよ」
「よかった……。そうよね。いつものノブくんよね」
倫江によれば、今日はまだ刺された次の日らしい。刺された傷は思っていたより浅く、臓器や重要な神経なども傷つけていなかったため、手術は意外と早く終わったそうだ。麻酔が覚めて一度は目を覚ましたようだったが、そのまま志信は寝てしまったという。
「聖心愛は……無事なの?」
そう聞いた瞬間、母の顔が引きつるのが志信には分かった。
「言おう言おうと思っていたんだけど……ノブくん、怒らないで聞いて」
「僕、性的なこと以外では怒らないよ」
「それも含めるかもしれないのよね……」
倫江は言いづらそうに、しかしきっぱりと志信に言った。
「あの子とかかわるのは、もうやめて欲しいの」
「えっ……あの子って……聖心愛?」
倫江はうなずいた。
「お母さんね、お父さんやおばあちゃんのこと、もう我慢しないって決めたでしょう。聖心愛ちゃんとそのお母さんのこともずっと我慢してたけど……もう我慢しないことにしたの」
「そんな、だって聖心愛は悪くない!あ、……痛たた……」
「ノブくん!?」
倫江は慌ててナースコールを押そうとするが、志信はそれを止めた。
「大丈夫、ちょっと引きつった痛みがあっただけだから……」
「……ごめんなさい。いま話すことじゃなかったわね」
「でも、聖心愛は悪くない。僕を助けに来てくれたんだ」
「聖心愛ちゃんを守ろうとして、刺されたんでしょう。レコーダーの記録、聞いたわよ」
その言葉は志信の心に大きくのしかかった。
「志信がそこまでして守りたいと思った女の子なのはわかるわ。でも……母親の気持ちを考えて。聖心愛ちゃんがいなければ、ノブくんは刺されなかったのよ」
本当にそうだろうか。
ショコラママは鞄の中に包丁を元々隠し持っていた。志信を脅してレイプしようとしていたのか、それとも志信か倫江を刺そうとしていたのかはわからない。どちらにせよ包丁を準備していた。それは揺るぎない事実だ。
けど……母の気持ちも志信には理解できた。
「聖心愛は悪くない……」
「わたしもノブくんの気持ちはわかる。でもノブくん。わたし許せないのよ、あの子が」
「よー志信!刺されたって?ほんとおまえの人生、まんがみたいだな」
功をはじめとするまんが研究会のメンバーが見舞いに来たのは、その次の日だった。
しかし、その顔ぶれの中に聖心愛がいないことに、志信は落胆の色を隠せなかった。
「聖心愛は……?」
「あー、聖心愛ちゃん……な。合わせる顔がないって……」
「彼女なりに責任を感じているんだろうね。わかってあげて」
智代が功に続けてそう言った。
「志村くんが元気になれば、いずれその気持も晴れるかもしれないよ。お見舞いにこないことは、許してやってあげてちょうだい」
そうだ。会わなければ話が進まない。
聖心愛に会いたい。
「聖心愛に会いたい!」
「うわ、なんだいきなり大声で」
「僕、聖心愛に会わなきゃならないんだ。ちゃんと話さないと。聖心愛は悪くないって僕が証言しないと」
「うん、うん。その気持はよーくわかる」
智代が大きくうなずいた。
「でもね、聖心愛ちゃんはここには来ません。だから、志村くんは怪我を治すことを最優先して療養に務めること。わかった?これは部長命令よ」




