第四章 第三話
警察署に到着した勇助が、一番初めにした行動は、志信を殴りつけることだった。
「なんでレイプなんかしようとしたんだ!」
幸い、それ以上は警察に止められたため続けられなかった。
「くそっ、おまえはいつかやると思っていたが、まさか高校生のうちにやるとはな!二十すぎてからなら、親の責任はないっていうのに」
だが、それでも父親が頭ごなしに志信の罪を信じたことに、志信はショックを受けていた。ろくでもないお父さんだと思っていたけど、少しも僕を信じてくれないなんて。
「僕はなにもしてない!ショコラママにはめられたんだ!」
「はめられた?母子で俺と母さんをはめたのはお前たちじゃないか!」
勇助は興奮のあまりか、怒りが別の方向に向いている。
「お前のせいでうちは滅茶苦茶だ!会社で恥をかかせやがって!『警察からお電話です』と取り次がれた俺のみっともなさを想像して笑ってたんじゃないだろうな!」
ああ、この期に及んでも、自分の外聞のほうが大切なんだ。わかっていたが、志信の父に対する尊敬の念は、ついに一欠片も残さず消え去った。
「お巡りさん。わたしはこんなやつは勘当する。実刑を食らわせてやってくれ」
「いやいや……そうもいきませんので……。お父さんは、ちょっと別室でお話をしましょうか」
警察官に連れられて、勇助は別の場所に連れて行かれた。
「さて……志信くん。君の話の続きを聞かせてもらってもいいかな」
女性の警察官が、優しい口調で問い掛けてくる。
わかっているのだ。この警察官も、志信のことを信じていない。
テレビドラマみたいに、頭から否定したり『お前がやったんだろう』と強く言ったりはしないが、絶対に信じてくれていない。その証拠に、何度も何度も同じ話を繰り返しさせられる。
何度も僕はやっていないと言っているのに、何度も事実を話しているのに。
父である勇助の態度でわかる。電話で勇助に何を言ったのか、想像に難くない。
痴漢やレイプの冤罪は、テレビで何度も見た。どんなにそれを行うのが困難な情況であっても、被害者が泣き叫べば有罪になってしまうのだ。
僕はもう終わりだ。
仮に罪にならなくても、周りの人は誰も信じてくれない。
レイプ魔だという噂は一瞬で駆け巡り、そして死ぬまでその濡れ衣は消えないだろう。
……聖心愛と過ごした幼少の頃、二度も僕は人生の終わりを覚悟した。
それから平凡な日々を過ごしていたが、聖心愛と再び出会って、今度は社会的な人生の終わりに向かい合っている。
聖心愛がやっぱり疫病神なんだ。
聖心愛さえいなければ。
聖心愛にさえ会わなければ。
「ほら、泣いてちゃわからないでしょう?」
警察官がやさしくなだめすかすが、志信にはわかってる。この警察官はとっとと『僕がやりました』と言わせて、早くお昼ご飯にしたいだけなんだ。
「お父さんから聞いたけど、お母さん別居中なんだってね」
「……っ!」
「お母さんがこのこと聞いたらどう思うと思う?」
それは志信にとって触れられたくないことだった。母は僕のことを疑わないだろう。けれども、心配するのは間違いない。
でも、本当に警察って取り調べの時にお母さんがどうのとかいうんだな。と志信は心の片隅で変な笑いが浮かんできているのを感じていた。
「……僕は何もしてません。何度も言っている通り、あの女の人が元々破けた服を着て、ハサミを僕に渡してきたんです」
志信は、母を見習ってもう一度精神をたたき直した。毅然とした態度で無実を主張する。
「何のために?」
「わかりません。女に恥をかかせた責任をとれと言っていました。それが昨日学校の前で変なことを言われたのと関係あるかもわかりません」
「学校の前で変なことを言われたって言うのは?」
「それも何度も言ってます。いきなり手を捕まれて胸を触らされて、『わたしといいことしない?』って変な声で言ってきたんです」
何度も言っているのに。同じことを何度も何度も繰り返しているのに。
……何度も言っているのに?
……聖心愛が疫病神?
そうだ、志信は聖心愛のことを考えて、ようやく思い出した。聖心愛は疫病神じゃない。僕に切り札を残してくれていたじゃないか。
「生活安全課の鈴木巡査部長に、今朝相談しました。痴女の被害に遭っているって」
鈴木巡査部長は幸い、警察署内にいた。志信が今朝、聖心愛と一緒にショコラママの件で相談したということを証言してくれて、志信はようやく自由の身になった。
「おっす。いやー、鈴木巡査部長様に相談しておいてよかっただろ?」
「聖心愛!?」
「それにあたしに電話してくれたのも、オメーを助けるのに一役買ったぜ。電話から聞こえた会話、全部これに録音しておいたからよ」
そして聖心愛はICレコーダーを見せる。ああ、これに救われるのは人生で何度目だろう。
「向こうの女性も、取り調べで何度も同じ質問をしてるんだけど、そのたびに答えが違ってるそうだよ。君はどう質問しても同じ答えをちゃんと返してきてくれたから、君の証言のほうが信用に足るということで、ね」
鈴木巡査部長が言った。志信が何度も同じことを言わされたのはそういうことだったのか。
「まあ、服を脱いで中身を見せたというのなら、公然わいせつ罪になるだろうね。でも、前科の執行猶予も終わっているようだし、相手もすぐ釈放されると思うから……気をつけてね」
「えっ……それだけなんですか?すぐ釈放されちゃうんですか?」
「残念だけど、たぶんこれは立件しないだろうねえ……。君の家のパトロールは強化するし、あと……お父さんの方には警察の方から上手く説明しておくから。もちろん警察は二十四時間営業だから、何かあったらすぐ電話してね」
「オメー、逃げたほうがいいよ」
警察署のロビーで、勇助を待つ間に聖心愛がそう言った。
「父ちゃんに殴られたんだって?」
「僕はMじゃないのに」
勇助がなかなか帰ってこないのは、警察の前で子どもを殴ったからかもしれない。
「母ちゃんに相談してみろ」
「そんなの……お母さんに迷惑がかかるじゃないか」
「バカ、こどもってのは親に迷惑をかけるものなんだよ。あたしだって、オメーの母ちゃんには迷惑かけっぱなしだっただろ?」
「聖心愛のお母さんに、じゃないんだね」
「あー……その事実はつきつけるな」
「わかった。つきつけるのは下半身だけにする」
「オメー、レイプの容疑で捕まったってのによくそんなこと言えるな」
「聖心愛のおかげで、少し落ち着いてきたからね」
「ま、そのほうがオメーらしいや。とにかく、オメーは逃げるにせよなんにせよ、母ちゃんに話したほうがいい。絶対にだ」
「……うん、そうする」




