第三章 第六話
「オメーそりゃ経済的DVってやつじゃねーか。訴えたら勝てるぜ」
「いやー、両親が出てるAVは想像したくないな」
「DVだっつの。相談があるからってんで真面目に話してんだぜ」
放課後、学校近くのファーストフード店で、志信は聖心愛に昨夜のことを漏らさず話した。
「わりと切羽詰まってるよなあ。オメーの母ちゃんがその気にならなきゃやべえよ」
「うん。母さんが離婚したいと思うなら、僕は母さんの味方をする。父さんもおばあちゃんも、もう信じられない」
「けどよ、オメーの母ちゃん、その気ねーんだろ?」
「そうなんだよ……。母さんにその気がなきゃ、僕はなにも出来ない。僕は手伝いしか出来ないんだ。僕はその気があるひとの行為を手伝うしかできないんだ」
「なんかその言いかえかた変じゃね?」
聖心愛は志信におごらせたダブルバーガーにかぶりつきながら言った。
「オメーにはできることはまだあると思うぜ。あたしゃ。オメーの母さんが……いや、女が離婚をためらう理由、わかるか?」
「……お金?」
倫江は専業主婦であり、志村家の収入は勇助頼りだ。勇助と離婚すれば、倫江はたちまち食えなくなるのは目に見えている。
「それもあるけどよ、経済的DVされてんなら関係ねーだろ?」
「あ……」
「ってことは、この時点でもうそりゃねーわけだ。だとすりゃ、未練とか勇気とか、そういう細々したもんなんだよ。それか……」
聖心愛はそこでコーラをひとすすり。
「こどものため、とかだな」
「えっ、母さんのお腹の中にこどもが?」
「オメー、誰から産まれたのか忘れてんじゃねえだろうな。オメーのことだよオメーの」
「僕のため?え、でも僕は母さんの味方だよ」
「それを母ちゃんに言ったか?」
「それは……」
「はいここで問題です。志信センパイには、できることが二つあります。なんでしょう」
聖心愛は比較的長いポテトを二本、志信のほうに並べた。
「一つは、僕が母さんの味方だと言うことをちゃんと伝えること」
志信はそのポテトをつまんで言った。
「だな。もう一つは?」
「オーラルセ……」
「言わせねえよ!」
志信は言いながら二本目のポテトをつまもうとしたが、聖心愛がそのポテトを横取りした。
「オメーは母親となにをしようってんだよ!」
「なにって……ナニ」
「すんな!オメーよ、さっきも言ったけどあたし真面目に相談にのってやってるんだぞ」
「ああ……ごめん。聖心愛があんまりにもかわいいから、つい」
「なっ……」
聖心愛の顔が真っ赤にそまった。
「そ、そんなこと言いやがって。オメー女なら誰にでも言ってんだろそういうの」
「そんなことないよ」
「……オメー……」
「老若男女問わず誰でも言うよ」
「あ、そう……殺すぞ」
「不条理な死!?」
「わかんだろ!くそ、この鈍感……」
鈍感、そう言われても志信はなんとも言えなかった。なんのことなんだろう。
「それでさ……答えはなんなの?もう、あとは背中を押す方法なんか思いつかないんだけど……」
「それだよ」
「えっ、崖っぷちで父さんとおばあちゃんの背中を押すの?」
「ちげーよ!だから、背中を押す、それ自体が答えだっての」
「あ、それでよかったのか」
志信は改めてポテトを聖心愛のトレイから一本回収した。
「オメーの母さんも薄々と離婚したいと考えてるんじゃねえかな。だからよ、そこにオメーが勇気を出すための行動を起こしてやりゃいいんだ。まあ、そういう意味じゃ、味方だって口に出して言うのも行動のひとつか。じゃ、できることはひとつだったな」
「でも……勇気を出す方法なんて、ふんどし姿で商店街を練り歩くくらいしか思いつかないよ」
「応援団の度胸試しじゃねーんだからよ。……なあ、それじゃいいか。あたしの父ちゃんの話してやるよ。父ちゃんはな……」
聖心愛の両親は、聖心愛が小学校の頃に離婚している。それは志信がまんがに描いた通りの事件があったからだが、一度目の浮気が原因ではない。普通ならそれだけで充分に離婚事由になるのだが、聖心愛の父はそれを耐えた。
離婚を決意したのは、聖心愛の母親が逮捕された時だった。その時が、彼が勇気を振り絞った時だったのだろう。
「それが我慢の限界だったんだろうな」
「聖心愛のお父さんは、我慢し続けていたから苦労していた。けれども、我慢をやめたから開放された……ってこと?」
「そうだ。そして、我慢をやめさせたきっかけがある。なんだと思う?」
「ショコラママが逮捕されたから?」
「逮捕されたことそのものじゃねえよ。逮捕された理由が、だ。耐えてても裏切られるって気づいたんだな。そこでようやく離婚を選んだわけだ。さて……賢い志信センパイは、もうどうすりゃいいかわかるよな?」
聖心愛はにやりと笑って志信に続きを促した。
「わかった。僕、ホモAVに出るよ」
「意味わかんねーよ!」
「わかってるよ。耐えるだけ無駄だって思わせればいいんだね」
「なんでいちいち、ワンクッション置くんだよオメーは」
「でも、そのやり方がわかんないんだ。だから困ってるんじゃないか」
「バカ、オメー気づかなかったのか?うちの父ちゃんがなぜそれに気づいたか言ったじゃねーか」
「えっ、ホモAV?」
「いい加減にしねえと殴るぞコラ」
「顔はやめてボディにして、できれば爪は立てて」
「ドMなのかドSなのかはっきりしろよ」
「ドL」
「ポテトのサイズじゃねえよ!はあ……はあ……。疲れるなー。オメーと話してると」
聖心愛はぐったりしながら、それでも笑顔を浮かべて言った。
「嫌なことがいくつも積み重なったからだろ。オメーの母ちゃんにもそうすりゃいいんだよ。我慢の限界を迎えさせりゃいいんだ」
「それじゃ、僕もお母さんをいじめるとか?ううん、僕がやると気持ちよくなっちゃうんじゃないかなあ……」
「どんだけ自分にテクがあると思ってんだよオメーは」
「未経験」
「なんかオメーが敵でもいい気がしてきたよ。あたしゃ」
聖心愛は机に突っ伏して、そしてすぐに起き上がる。
「いいこと思いついた!」
「えっ、今からホテル行くの?」
「行かねーよ。だからさ、オメーが母ちゃんをいじめるんだよ」
「それじゃ解決にならないよ。僕がお母さんの敵になっちゃう」
「いやいや、オメーは母ちゃんの味方でいい。聖心愛様のいたずら講座、よく聞けよ」
聖心愛はトレイの上の敷き紙をひっくり返し、ペンを走らせた。
「まずよ、ばあさんの愛人に渡すって言う弁当あるだろ?」
「あるね」
「それをありえないくらいマズいものにする」
「マズいものに?」
「おうよ。そうすりゃばあさんの狙ってる男は怒るだろ。そんで、ばあさんは困るわけだ。マズいものを作ったのは自分だと名乗れるわけないし、かといって嫁に作らせたとも言えないわな」
「確かに」
「そしたらばあさんはオメーの母ちゃんにモンクを言うわけだ。そしたらさすがにオメーの母ちゃんも、その理不尽にキレるって寸法よ」
聖心愛は言い終わると、またコーラをひとすすり。
「遠いところからドミノ倒しのように攻めていく。名付けてピタ聖心愛スイッチ」
「そう上手くいくかなあ……」
「最後のスイッチに不安はあるわな。そしたら似たようなことを繰り返しゃいい。ばあさんや父ちゃんに罠をしかけて母ちゃんを責めさせる。母ちゃんに我慢の限界を迎えさせるのが目的だ。一発で上手くいくわけじゃねえよ」
聖心愛の励ましに、しかし志信は不安そうに答えた。
「……でも、やっぱり嫌だよ。間接的にとは言え、僕がお母さんを攻撃するなんて」
「……ま、そうだよな……」
聖心愛はしばらく考えていたが、やがて思い直したように志信に言った。
「ま、オメー自身がよーく考えるべきだよな。確かに、あたしみたいなバカにゃあわからない、みんなが幸せになる方法があるかも知れねーしな」
「……だって僕ら、もう高校生だもん。小学生の頃みたいには、できないよ」
「……楽しかったな、あの頃は」
「……うん、楽しかった」
「あたし、あのころオメーに言いたかったことがあるんだが……」
「言いたかったこと?」
聖心愛はそこで言葉を切った。
「ハッピーエンドを迎えたら、改めて言ってやる」




