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仲間

 想像よりも、長い通路だった。所々に照明が取り付けられ、道は舗装されていて歩きやすい。かなり整備されているな。

 背筋に冷たいものが走った。この道が王都の外へ抜けていくものだとしたら…?

 帝国からの攻撃は容易になり、王都は簡単に陥落してしまうだろう。

 この通路を作るにも、それなりの労力と時間がかかるはず…。それに、王国側が気付かないはずがない。


「やはり、王国側の…」


 黙々と歩きながらも、足音が反響して俺の呟きをかき消した。子供たちは皆俯いている。


「そろそろだよぉ。城壁に近いだけあって、やっぱりスラム街は便利だねぇ」


 嫌な予感は的中した。間違いなく、こいつらの言う“スポンサー”は王国の大物だ。あとでクラウスにも伝えなければ。

 この場を切り抜けなければ、どうにもならんがな。

 アーカスの言う通り、通路の先に階段が見える。歩いた距離はそこまでだった。つまり、王都からはそう離れてはいないだろう。


「…」


 少女が俺の服の裾を掴む。どうやら、自分が奴隷となる実感が湧いてきたようだった。その瞳には怯えとも焦りともいえるような、恐怖を煮詰めたような色をしている。


「大丈夫だ。何かあったら城壁の方に逃げるんだぞ」


 少女は何かを察したように、神妙に頷いた。

 ようやく階段にたどり着いた。階段の先は、洞窟のようになっている。微かに月明りが差し込んでいた。

 なるほど、洞穴に通路をつなげ、カモフラージュとしているんだろう。


「ご苦労様です」


 階段の先に、二人の傭兵がいた。大方、誰かがここへ来ても追い返せるようにしているのだろう。


「じゃあ、連れて行くから。引き続きよろしくねぇ」


 アーカスがひらひらと手を振る。それに対してきっちりでお辞儀で応えた傭兵。強くはないだろうが、そこそこやるだろう、というくらいだった。


「ここか…」


 洞穴を出た先は、木々に囲まれた空間だった。その隙間には城壁が見える。やはりそこまで遠くはないな。

 煙幕でクラウスを呼ばなければならない、が。さしもの彼でも、城壁から外を監視しているわけではあるまい。煙が王都から見えるようになるまで、アーカスらを逃がしてはいけない。と、なれば。答えは簡単だ。


「ここからまだ歩くけどねぇ。随分と久しぶりに見る外でしょぉ。最後に楽し――」


 コロン、と何かが転がる音がした。護衛たちは即座に身構え、周囲を見渡す。アーカスは特に何も聞こえていなかったようで、護衛たちの姿に戸惑っていた。


 煙が湧いてくることを護衛が視認。すぐさま異変を取り除こうとするが…もう遅い。

 瞬く間に煙が広がる。子供たちとアーカスらは煙に包まれた。護衛がアーカスへ指示を、子供たちの悲鳴がかき消す。

 この隙を見逃すわけもない。足音を消しながら、五歩先というところのアーカスへ迫る。


 ――あと、二歩。


 白煙の中だからこそ、黒塗りのナイフは目立った。八時方向、最初の一本を短剣で弾く。二本目、前へ飛び込むことで回避。

 ようやく――グッ!!

 三本目が、ふくらはぎに突き刺さる。

 アーカスの足元だというのに、問答無用で投げてくるとは…!誤算だッ!

 しかし、ここまで来たのならこちらのものだ。アーカスの膝を蹴りで折ると、こちらへ倒れこむ。巻き込まれないように半身を引きながら、その首をしっかりとホールド。

 ググ、と泡を潰すような音が手から伝わったが、関係ない。首を締めあげながら、耳元で囁く。


「動くな。動いたら殺す。スキルを使おうとしても殺す」


 抵抗は弱まった。よし、次は護衛連中だ。


「動くな!!いつでもアーカスを殺せる。変な気は起こすなよ」


 煙が次第に上へ立ち上っていくことで、視界が晴れていく。黒装束の護衛二人は左右に。荷物を持っていた傭兵らは武器へ手を伸ばしているものの、軽くパニックに陥っているようだった。もう一人の護衛と傭兵は後ろにいたはず。そちらはまだ煙が濃く、よく見えない。


「目的は」


 護衛の女が、端的に俺へ言葉を飛ばす。


「逃げるために決まっているだろ」


 クラウスという援軍がいることをバレないように、ただ暴れただけの奴隷と勘違いさせたいところだ。


「嘘だな。先ほどの煙を使えば逃げ様はあっただろう。現に、奴隷の何人かが逃げ出した」


「逃走だけなら、アンタ達は簡単に捕まえるだろ。それにこの男を王都の門兵に引き渡し、保護されればその限りではないと思うが?」


 ジリ、と護衛たちは距離を詰めてくる。ナイフが刺さった足もそうだが、アーカスが重く、後ろには下がれない。それに、ナイフの刺さった足が熱い。せいぜい、後ろの木にもたれ掛かるくらいが精一杯だった。


「それを許すほど、その男に価値はない。では、逆に交渉を持ちかけよう。その男を離せ。そうすれば、見逃してやる」


 見逃す…?そんな訳がない。クラウスも言っていた。今対峙している相手は、どれだけ卑劣な手段も厭わない。


「信用できないな。一度止まれ。それ以上動けば男の命はない」


 ぴたりと、護衛は足を止める。…なんだ、これは。胸が苦しいッ…!


「そろそろ、効いてきたか」


 慌てて足を見ると、ふくらはぎが腫れ上がり、部分部分が変色している。毒か…!

 アーカスの価値はないと言った割に、随分と強硬手段に出てこないと思ったら、相手も時間稼ぎが狙いだったのだろう。最早、一歩ずつ確かに俺との距離を詰めてくる。

 視界が揺れる…。アーカスにもう人質の価値はない、か。

 拘束を解き、木を支えにしながら立ち上がる。呼吸が苦しい。視界もおぼつかない。だが、動けないほどではなかった。


「かかってこい、三下ども」


 挑発に乗ったわけではないんだろうが、言葉と同時に護衛たちが襲い掛かってくる。先んじて向かってきたのは左にいた男。抜き身の長剣を容赦なくこちらへ振るう。


 ――プチ・ファイア


 腕の導線上に小さな火が起こる。生活魔法なので大した火力はないが、男は警戒し、剣の軌道をずらした。見逃さず、長剣の腹に短剣を叩き込む。軸がぶれることで、男はよろめいた。このまま切りつけたいが、そう簡単にはいかない。


 ――二人目。


 俺にナイフを投げた女が背後から迫る。挟み撃ちを狙っていたんだろうが、流石に見え見えだ。逆手で切り上げてきたナイフを流すと、足払いでくるぶしを思い切り蹴った。ナイフの刺さった右足に激痛が走る。

 それに、身体はまだ子供だ。綺麗に足払いが入ったとしても、女を転ばせることまではできない。


 意識が、冴えてくる。戦場に身を置いた日々。彼らと積んだ鍛錬。それらが、徐々にこの小さな体にも定着してくる。


「コイツ…!」


 女から、小さな舌打ちと感嘆が聞こえる。油断はもう無い。徐々に身体が重くなりつつある。

 せめて、一人でも…!


 男の剣を捌き、さらに追撃するというフェイントをかける。見事に釣られた女は背中を狙うが俺は低い姿勢で振り返り――。

 そして女越しに見えた。


 ――弓を構えるクラウスが。


 太い鏃が、女の太腿を貫く。声にならない声をあげて、女は倒れた。長剣を持った男は見えない暗殺者に身を竦める。だが間髪入れず、()()()()()()()が飛んでくると、男も地面に倒れ伏した。


 風が吹いた。気づけば、横にクラウスがいる。


「人数は」


 本当に、当たり前のように期待に応えてくれる。


「チンピラが4。ここに居た黒装束があと1。あとそこの洞穴に門番が1。子供は13人いるがばらけた」


 クラウスの横顔は、見慣れたあのクラウスのようにも見えた。


「了解した。それにしても――」


 警戒の色を宿していた眼は、優しくなって。壊れ物を触るように、優しく頭を撫でた。


「よくやった。大したもんだ」


 その言葉を境に、記憶はもう残っていなかった。


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