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食い違い

「今度は少し見覚えがあるぞ…?」


 だが、クラウスの住処でも、あの孤児院でもない。ここは――


「あの檻、か」


「お目覚めか?」


 布か何か、頭の下に置かれたものによって少し高い視点。そこに、クラウスが入り込んで来た。


「全員無事か?」


 そう言いながら体を起こすと、鈍い痛みはあれど毒の症状は残っていなかった。足を見ると、包帯が巻かれている。血はしばらく止まらなかったようで、包帯は赤く染まっていた。


「お前が一番重体だ。他の傭兵やらはとっとと片づけた。子供たちも無事だ」


 ほっと、息を付く。俺の行動は間違いではなかったようだ。かなりギリギリになってしまたが。

 それにしても毒はなぜ…?シスターもいないようだし、まさかフーリエーー。


「お前、黒装束が解毒剤持ってなきゃ危なかったぞ。即死とまではいかんが、ありゃ劇薬だ。半刻足らずで普通は死ぬ」


「…そうか。クラウスがやってくれたのか。手間をかけて悪かったな」


 どうやら、思い違いだったらしい。自意識過剰と言われても仕方がないな。

 それにしても、そうか。構わずナイフを放ってきたのはそういう訳か。アーカスに価値がないというのもすべてブラフなんだろう。


「そりゃ俺が助けたけどな。体の小さい子供があの毒を食らって動けてるっていうのはおかしいんだよ」


「根性だ」


「笑わせんな。不可能なことは不可能だ」


 …本当に、根性だと思うんだが。


「それ以外に何があるんだ?」


 当然のように答えた俺に、クラウスがため息を付く。そ、そこまでか?


「あのなぁ、全部根性で済んだら天職なんていらねぇんだ」


「では、俺はなぜ?」


 俺の問いかけを勿体ぶるように、クラウスは片目だけを閉じる。


「一つ、思い当たることがある」


 顔の前で指した指は一本。この顔はわかる。俺のことを試そうとしている顔だ。


「…強大な天職は覚醒前も影響を及ぼすっていうだろ。レオ、心当たりはねぇのか」


 ああ、なるほど?そういうことか。肩透かしを食らった気分だ。

 たしかに、勇者や聖女など、御伽噺に出てくるような天職には覚醒前にお告げのようなものがある、と言われている。その際に、天職として封じられている力が漏れ出し、言わば半覚醒のようなものになるとも。


「残念だが、俺はお告げなんてものは貰っていないぞ」


 これは、一週目でもそうだった。聖女であるフーリエにも、勇者である俺にも。お告げなんて気の利いたものはなかった。


「なんだよ、とんでもねぇ天職でも持ってるかと思ったのによ」


 落胆の様子を露骨に見せてくるクラウスに、なんとも言えない気持ちになる。

 未来のクラウスは、あんなに渋いのに…と。

 お告げなど、結局はその手の脚色なのだろう。

 伝承というものは、えてしてそういうものだ。


「悪かったな。それで、子供たちは…?」


 牢屋の中には、あの傭兵らしき何人かはいるが…。子供たちは見当たらない。


「ガキが子供たちとか、何言ってんだか。あいつらなら心配すんな。シスターのところに届けてきた。どんだけ子供を増やすつもりだって、叱られたけどな」


 そうか、それならよかった。


「それで、ここにいる傭兵どもは?アーカスと、黒装束はいないのか」


 俺の言葉に怪訝な顔をするクラウス。あぁ、アーカスと言っても名前がわからないか。


「アーカスはあれだ。太ってて禿げ頭の、気色悪いやつだ」


「とにかく、レオがそいつを相当嫌ってるのはわかったが」


 一拍置いて、クラウスは首をひねった。


「――そんなやつ、いなかったぞ?」


 ***


「いやぁ、助かりましたよ」


 馬車の中。悪趣味に光り物の混ざった服装こそすっかり汚れていたが、身体に傷一つなかった。


「まさか、あの少年があそこまで強いとは。誤算でしたねぇ」


 髭をしごきながら、誰もいない空間にアーカスは独り言をつぶやく。


「はて、子供を拘束してはならない、との仰せでしたが。こうして奴隷を逃がしてしまいました」


 愉悦にまみれたその顔は、一瞬にして色を変える。


「狙いは、一体何なのでしょうか」


 ***


「あいつは俺が気絶させたはず…!じゃあ、黒装束たちは!」


 クラウスは首を振る。


「服毒で全員しまいだ。生憎と、それの解毒剤はなかった。…わりぃな」


 俯き加減で俺から目線を逸らした彼は、傭兵たちを見据える。


「こいつらには全て喋ってもらったが…。大した事ねぇ、木っ端の人間だったな」


「…いいさ。大方、子供たちを優先したんだろう。らしいよ」


 ハッとしたようにこちらへ視線を戻したクラウス。彼はいつもこうだ。目の前に助けられる命があるのなら、そちらを拾う。どれだけ目的が遠くなったとしても、最善は人を救うこと。困った性分でもあるんだが…。


 ――だからこそ、俺は君をパーティーに呼んだんだ。


「済んでしまったことはもう大丈夫だ。それよりも、だ。クラウス、わざわざ言われなくとも分かることがあるだろう」


 ああ、と頷いたクラウスと、俺の声が重なる。


「「この人攫いには、必ず――」」


「王国の貴族が」

「王族が」


「「関係している(ってな)」」


 …ん?今、クラウスはなんと言った?


「なぜ王族が関わっていると?」


 嫌な予感でもしたのか、痛みに顔をしかめていた傭兵たちが一斉に顔をあげる。

 心配するな。王国が後ろにいる以上、どちらにしろお前らの首はここで落とす。


「そりゃ、お前も冷静に考えたらわかるだろ。ここまで大掛かりな地下通路、重鎮の貴族だって簡単には作れねえ。案外、節穴か?レオ」


 どこか、現実から目を逸らしていたのかもしれない。国王、つまり俺に代わる魔王が相手とはいえ、王族が国民を売るなどと、想像も付かなかった。


「ああ、悪かった。王族が絡んでいるというのは間違いないだろう。となれば、現王であるレオン・オウグストか…?」


 先刻と同じように、クラウスが眉を顰める。嫌な予感どころの話ではなかった。


「お前、何の話してんだ?今の王様はエドガーって名前だろ?それに――」


 あ、ああ。なるほど。たしかにクラウスの年齢から察するに、今は父上の治世のはずだ。当然だ。王太子とはいえ、急に俺の名前を出せば、クラウスも困惑する。しかし父上が、か。


「エドガーは大して政を行わないイメージだがな」


 そう、市井では父上は『普王』という蔑称で呼ばれている。早々と王を継いだ事情はそれ以外にもあるのだが…。今はいい。


「外交も至って平凡。犬猿の仲である帝国と話を付けられるとは思わないがな」


 慌てたようにクラウスが俺を呼び止める。その顔は何より困惑に彩られていて、未だに俺の発言を気にかけているようだった。


「おい、待て」


「なんだ、王太子殿下を現王と言ってしまったのは申し訳ないが…。そこまで引っかかるか?」


「いや、そもそも――」


 少し緩慢に動いているように見えた時計の針は、どうやら気のせいらしい。事はいつだって急に、俺の頭を揺らした。


「レオン・オウグストって、そりゃ誰だ?」

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