奴隷
時間感覚はあまりないが、恐らく翌朝。俺は目を覚ました。石でできた床に雑魚寝と環境としては最悪だったが、子供の身体は休憩を欲していたらしい。ぐっすりと眠ることができた。
昨晩付けられた傷ももうない…。は?
「どういうことだ?」
クラウスの蹴りといい、治りの速さが異常だ。いくら頑丈な体なのだとしても、これはおかしい。
「フーリエ…?」
真っ先に浮かんだのは、俺に魂を捧げてくれた仲間だった。だが、こんなことは聞いたこともない。何が起こっているのやら。
服をめくっても、痛々しい青痣は消えている。事実はどうあれ、心なしか力が湧いてきた気がした。
「もう、治ったの…?」
俺に声をかけてくれたあの少女が、驚いた様子で近づいてきた。
「ああ…どうやらそうみたいだ」
言葉の乏しかった少女は、目を輝かせる。
「どうして?どうして?」
興味津々のようだが、俺には答えようがないな…。答えられないでいると、俺たちが話しているのを見て子供たちが近寄ってきた。
俺と同年代の子供もいれば、もっと幼い子供もいる。10を越えていそうな子供はいなかった。
「もう治ってる!」
「すごい!」
「どうやってやったの?」
昨晩傭兵に怒鳴られたことを忘れたのか、勢いが凄まじい。指を口の前で立てて、子供たちを静かにさせる。
その姿を見て思い出したのか、ようやく静かになってくれた。騒ぐのも仕方がない。この絶望的な状況で、奇跡を見たのだから。どれだけ小さな奇跡だろうと、乾いた砂漠においてはほんの一滴の水だって貴重だ。
「俺にもわからないんだ」
大きな声は出さないものの、子供たちの不満は手に取るように伝わった。そうだな、落ち着かせるためにも、話でもしてやるか。
「じゃあ、そうだな。少し話をしよう。過去か未来かわからない話だけどな」
年頃の子供たちは目を輝かせている。若干の不安を感じながらも、ゆっくり、話すことにした。
「これは、一人の王様の話なんだが――」
振り返ってみれば、そう大したことのない人生だったように思う。やらなければいけないことを只管にこなしていただけだしな。民は俺のことを賢王と讃えたが、気恥ずかしいくらいだ。
「――それで、人々の協力も受けて王はようやく、スラムを無くしたんだ」
孤児たちは真剣な顔をしながら、俺の話を聞いてくれた。だが、何人かは納得のいかない顔をしている。
「私たちみたいな子は、どうなるの?」
少女の純粋な問いは、城の中でも争点の一つだった。だが――。
君らを、迫害するわけないじゃないか。
そう、まっすぐな言葉で返してやりたい。とはいえ、そういうわけにはいかないだろう。
「もちろん、お金も、住む場所も王は与えた」
安心したように、少女はうなずく。
「じゃあ、みんな幸せだね!」
笑顔がまぶしかった。帝国との戦を機に、戦争続きとなるオウグスト王国を支えてくれたのは、彼女ら国民だ。
いや――その時点で、帝国に奴隷として売られていたのかもしれない。そうなれば、彼女たちは――。
戦争は、こちらの圧勝で終わるはずだった。想定以上に長引いてしまった理由が一つある。それは、奴隷兵による特攻。
奴隷に着ける首輪には主への絶対的な服従というものがある。それを用い、帝国はこちらへ繰り返し特攻を仕掛けた。
本当に、胸糞が悪い。この孤児院を潰すことで戦争の被害者が減るのなら、望んでもみなかったことだ。
「ああ、本当にな。皆が幸せになるためにも、早く逃げ出そう」
それからは、孤児たちと話を続けていた。といっても、ただ質問攻めにされていただけだけどな。
…コツ、とやけに大きな足音が響いた気がする。子供たちもいやな予感がしたのか、扉の方へ視線を向けた。間髪入れず、鉄の扉が軋む音が聞こえる…。
開いた扉は、俺が入ってきた方ではなかった。子供が連れていかれたという、あの扉だ。
「うんうん、素晴らしいことだ。供給が安定していて非常に生産性が高い」
部屋に入ってきたのは、恰幅の良い禿げ頭の男だ。後ろに三人ほど護衛らしき人間がいる。
「あの監視と同じくらいの強さか…?」
…かなり厳しいな。少なくとも、一人で相手するのは確実に不可能だ。
「今回は何人の予定だっけ?」
禿げ頭が後ろの護衛に確認を取る。やはり、男たちは奴隷商人の一行のようだ。男らの言葉よりも、孤児たちの表情がなによりもそれを物語っていた。
「今回は14人ほどの予定だと閣下から預かっております」
頭の毛はないくせに、妙に蓄えた顎ひげをしごく中年が答える。
「おお、多いねぇ。閣下も俄然やる気みたいだ。スポンサーが付いたからかな?」
「…いくら奴隷の前とはいえ、それ以上の発言はお止めください。あなたの首など、簡単に飛びますから」
「怖い怖い、黙って輸送だけしておくから、見逃してよぉ。ねぇ?」
閣下…?スポンサー…?あまりにも謎が多い。閣下はおそらく、帝国の貴族だろうが…。
目の前の女と禿げ頭が軽口を交わしていると、駆け足で階段を下ってくる音がした。
「アーカス様。お揃いでしたか、お待たせして申し訳ありません」
ダラスと呼ばれていた男が息を切らして部屋に入ってくる。あの監視と何やら重そうな箱を持った門番を後ろに引き連れて。あの中年は、どうやらアーカスというらしい。
「あぁ、ご苦労ご苦労。あとは力仕事の傭兵が来るだけだとも。それと、今回は14人だ」
言葉と共に、アーカスはぎっしりと金貨の詰まった袋を投げつけた。地面に落ちた袋から、何枚かの金貨が飛び出る。
飛び散った金貨を拾い集めながら、ダラスは膝をついて答えた。
「お、多いですね。わかりました。好きな者を持って行ってください」
ダラスはまだ金貨を拾い集めている。アーカスの濁った眼はこちらを見下ろした。
「ヒッ…!」
誰かの漏らした細い声が、耳に入る。誰もが怯えた表情をしていた。無理はない。
「んー、どの子にしちゃおっかなぁ~。じゃあとりあえず君と君で――」
テンポよく連れていく奴隷を決めていく。嫌にスムーズだ。これまでどれだけの孤児が連れていかれたのか…。逃がすわけにはいかないな。
「んー最後は…君!」
檻に顔を寄せて、舐めまわすようにこちらを覗き込む。最後に選ばれたのは…あの少女だった。
「やだ…」
声にもならない声で、少女は抵抗した。
「無理だよぉ。どっちにしろいつかは、連れてかれるんだからねぇ」
耳聡い禿げ頭は、少女の声すら聞き逃さなかった。少女はまだ諦めない。選ばれた子供が絶望し諦める中でも、顔を上げて立ち向かった。
「連れてかれたくない!奴隷になって、ひどいことされたくない!」
これにはアーカスも驚いたようだった。ここまで歯向かってくる孤児はこれまでいなかったのだろう。
「いいね、いいねぇ。たまんない。俄然連れていきたくなっちゃった」
少女の抵抗虚しく、むしろ奴隷商人としてのモチベーションを高めただけだったようだ。
「――待て」
だがこちらは、少女に恩がある。それに、民を救わない王など、どこにいようか。
「俺がこの子の代わりに行く。それでいいだろ?」
「え?どう――」
状況を理解しきれていない少女を横目に、アーカスを睨む。
「ぶっ、はは、わーはっは!今回は傑作が多くて何よりだねぇ。ねぇダラス君、そう思わない?」
金貨をようやく集め終わったダラスは、話をよく聞いていないようだった。
「――え、ええ。そうですね。何よりです」
どうやら、こちらも返答はどうでも良いらしい。鷹揚に頷いたアーカスは、こちらをじっくりと見つめる。俺と少女を交互に見比べながら。
「――わかったよぉ。そこの少年、連れて行ってあげる」
安堵したような、そうでないような。そんな少女の表情が目についた。だが、よかった。なんとかなるものだな。
「――ただ」
愉悦に歪んでいた表情が、さらに深まる。上がった口の端は、頬肉を強引に押し上げていた。
「君たち二人一緒に、連れて行ってあげるねぇ?」
――少女の絶望は、どうやらまだ続くらしい。




