再会
頑張れたので上げます!
次の更新は27日です。
「こんな腐った場所でも、こんな美しい月が見えんだ。案外、スラムってものも悪くはないと俺は思うんだが――」
光のない路地裏を、月明りだけを頼りに進む。
歪な道を抜けた先に、ぽっかりと開けた土地があった。
「ガキ、お前はなぜここにいるんだ?」
満月だ。屋根に寝そべる彼は、煙草をくわえながら俺に問いかけた。
「わからない。目覚めたらここにいたんだ」
「あぁ?言えねえってことか。ったく、最近はワケありの連中ばっかりだ。まあ、おめえみたいなガキは珍しいがな。」
男は身体を起こし、こちらへ顔を向けた。ああ、なんだ。よかった。未来の彼よりもかなり若く見えるが…。
「クラウス。思っていたより、早く会えたな」
口の中で呟いた言葉は、さすがの彼も聞き取れなかったようだった。
頭を掻きむしりながら、クラウスは俺に提案した。
「八つってところだろ。事情はいい。俺の知り合いがやってる孤児院がある」
今回の俺は、そこまで幼いのか。とはいえ、前回の俺が何歳ごろに受肉したかは覚えていない。アルゴーとの記憶が混ざっていたから、という所が大きいんだろう。
今振り返ってみれば、彼の名前は記憶にあった。
頼りになる男だった。若くして騎士団をまとめ上げ、俺に剣術を教えたのも彼だ。
――彼の命も奪ったのか、俺は。
気付かぬうちに肩の荷がとても重くなってしまっている。だが弱音なんて、吐けるわけがない。
ひとまず、彼の言葉に従うことにした。俺の姿をしているあいつを倒すには時間が必要だ。それに、仲間も。
「わかった。連れて行ってくれ」
「へっ、ガキが生意気な口を利きやがって」
昔から、彼はこういう物言いだった。
もっとも、今の若い姿で言われても妙な感じだが。
***
「ねえ!レオ兄ちゃんはどんな天職になりたいの?」
「…勇者だな」
「ええ!知らないの?王様しかなれないんだよ!」
俺は今、クラウスの紹介してくれた孤児院に世話になっている。年齢層は様々。成年間近という人間もいれば、目の前にいるような幼い子供もいる。名前は決まっていなかったから、勝手にレオと名乗った。
「知っているさ。王族でも、めったに授からないんだろ?」
「でも、レオ兄ちゃんは勇者になりたいの?」
「なりたいんじゃない。ならなきゃいけないんだ」
難しそうに、ユーリは首を傾げた。彼の頭をなでると、こそばゆそうに目を細める。
「天職の授与はまだまだ先だぞ?俺はあと7年、ユーリはあと10年もあるんだ」
「でもねでもね、クラウスのおじちゃんみたいな天職になりたい!」
彼の職業はどうにも薦めづらいんだが…。
「じゃあ、今からでも特訓しないとな?」
うん!と頷いたユーリの顔は眩しかった。
しかし、スラムか――。
スラムは、もともと王都建設の労働者たちが住んでいた区画だという。建設が進むにつれて人は去り、残ったのは金も身寄りもない者たちばかりだった。平民街の端にへばりつくように、息を潜めながら存在している。
「お前たち!そろそろ暗くなるから中に入りなさい」
治安は悪いとしか言いようがないが、比較的孤児院はマシな方だった。地理的に平民街と近いというのもあるが、クラウスが後ろ盾となっているところが大きい。
まだ若い彼だが、スラムの中ではかなり権力のある人間だ。王としてスラムの改革に乗り出したとき、最初に手を貸してくれたのも彼だった。
「レオ、配膳を手伝っておくれ」
実際にここを管理しているのはシスター。この孤児院は教会と孤児院を兼ねていて、神官としても働ける、かなりすごい人なのだ。
「わかった。ユーリ、他の子たちを呼んできてくれるか?」
「わかった!」
子供たちの食事を並べる。かなりの人数がいるから、配膳するだけでも一苦労だ。
「はぁ…。ったく、困ったもんだ」
厨房の方から、シスターの小さな声が聞こえた。
「どうかしたのか?」
不意を打たれたかのように大きな反応をしたシスターは、愚痴るように話してくれた。
「いや、ね。最近いろいろとやりくりが難しいんだよ。教会の炊き出しにも頼っちゃいるが、どうしようもないところもある」
「シスターも大変なんだな。でも、クラウスさんからも支援を受けてるんじゃないのか?」
子供たちが段々と食堂に集まり始めた。沸騰を知らせるやかんが、話題を逸らした。
「よくしてもらってるさ。ま、頼りないとこ見せちゃってすまんね。子供は心配しなくてよし!」
豪快に頭を撫でられると、シスターは再び料理の仕上げへ戻った。深く追求すべき話でもあるまい。黙って配膳を続けた。
***
「なぁ、クラウス。俺の作戦に付いてきてはくれないか」
魔大陸からの宣戦布告を受けて早一週間。慌ただしい日々だが、彼のために時間を割くのは苦じゃなかった。
「俺ゃもう40手前だ。力になれるかわからんぞ?」
髭を蓄えたクラウスは、俺の提案にはあまり乗り気じゃないようだった。それでも、彼の力は必要だ。
「君以上の斥候はいない。もちろん、人格も含めてだ」
照れ臭さを誤魔化すようにグラスを一度呷ってから、彼は答えた。
「そりゃ、過大評価ってもんだ。あのスラムを見れば、誰でもああする。王様よ、あんただってあそこに生まれればそう思うはずさ」
王国史上最高の義賊。彼はそう評価されている。俺としても、それにまったく異論はない。貴族内では彼を疎む声もあるが、それは我が身可愛さでそうしているだけだろう。
「生憎と、俺は理想主義でな。スラムを放置し続けてきた王族に反逆し、挿げ変わるくらいはしたかもしれない」
「ハハッ、大層なもんだ。ま、王様にはでかい恩があるからな。あんたに逆らうつもりはねぇ。それに」
俺の言葉を笑うと、グラスを傾けながらクラウスははにかんだ。まるで少年のように。
「――一回くらい、世界ってもんを救うのはありだ」
スラムを救った英雄は、世界の英雄となろうとしていた。俺は、率直に彼が頼もしかった。優れたリーダーシップに判断能力。パーティーに求めていた最後のピースがようやくはまったような気がしていた。
***
クラウスに真実を明かす道もある。そのためにも、まずは彼の信頼を得なければならない。
その夜は、いつもより遅くまで起きていた。なんとなく、クラウスと会えるような気がしたから。
隣で寝ているユーリを起こさないように、ゆっくりと立ち上がる。これくらいの足運びなら、今の身体でもできる。
そういえば、最初に教えてくれたのはクラウスだった。
「今月―の―――だ。――悪いな」
話し声が食堂から聞こえた。ビンゴだ。これは間違いなく、クラウスとシスターの声。扉に耳を寄せて、できるだけ話し声を拾う。
「少なくなんかないさ。援助してもらっているだけ、昔とは大違いだからね」
「そう言って貰えると助かる。金を稼ぐところまで手が回らなくてな」
「ああ、最近は特に治安が悪いって言うのは聞くよ。人身売買あたりがひどいんだろう?」
扉の隙間から漏れた光が眩しい。それにしても、人身売買か。当然、王国法では禁じられている。隣国では認められているから、そちらに輸出されているのかもしれない。実際、そういった事件はよくあった。確か、俺が即位する前に起きた事件は…。
「特に南の孤児院あたりがきな臭い。――あ?」
そうだ、孤児院を経由に、子供たちが誘拐される事件が――。
「うおっ…!」
いきなり襟を捕まれ、視点が急に上昇した。な、なんだ!?
「おい、なに聞き耳立ててんだ、レオ」
しまった、クラウスから習ったものが本家に通用するわけがなかった。
頭を回せ、一番彼の関心を得られる言葉は何だ。沈黙が続けば続くほど、彼の怪訝な顔は深まっていった。
「俺、その孤児院に潜入する!」
「――は?」




