代償
暗闇を揺蕩う。
ぼやけていた記憶が、次第に鮮明になっていった。
だが、もう意味はない。フーリエたちの献身はもう無駄にしてしまった。
最後まで、俺は彼らの足を引っ張った。
――これで終わりか。
せっかく死ぬというなら、彼らに囲まれて死にたかった。
いや、それは仲間への冒涜だ。命を捧げてまで、俺を過去へ転移させた彼らへの。
どうすれば、勝てたんだろうなぁ。そもそも、天職の開花を待てばよかったんだ。少しは抵抗できるはずだった。
いっそ、もう一度彼らのもとへ行くべきだったのかもしれない。記憶がなくとも、必ず信じてくれたはずだ。
それも、結果論か。あの状況で、フーリエの父親を見捨てる選択肢はなかった。
魔大陸へ赴くまでは、よく酒を酌み交わした仲だ。彼のワインのセンスはそれなりに良かった。
過去を振り返ってももう意味はない。
仲間たちの待つ場所まで、いつたどり着けるんだろうか。
――まだ、終わりじゃないよ。
ふと、声がした。懐かしいような、そうじゃないような。つい先ほども、聞いた声だった。
フーリエ。
「もう、諦めちゃったの?」
諦めてなんかいないさ。ただ、もう無理なんだ。転移が成功したこと自体、奇跡みたいなものだろう?
そうだ。仲間の命を捧げたとしても、成功率は5割を切る。あの憎たらしい魔法使いはそう言っていた。いつも端的に喋るだけなのに、あの時は脂汗を滲ませて。
「たしかに、奇跡だった。でもレティシアはもっと奇跡を起こしたの」
時間遡行以上の、奇跡だって?
「うん。彼女が成功させたのは…」
――世界のやり直し。
***
更地となった王城。驚いたように、一拍遅れて地面に堀の水が注ぎこんだ。
「クク、ハハハッ!」
荒野に笑い声が響く。この世界全ての邪悪を孕んだようなその声は、魔王オルディスのものだった。
「なるほどな!そう来たか。つくづく、人間というものは我を飽きさせぬ」
身体に生まれたヒビを気にすることなく、魔王は表情を歪めた。
「時間遡行のループ!たまらぬなぁ、ここまでしてあやつを滅せぬとは」
目を細める。王都の街並みを睥睨しながら、あの恐ろしい勇者を思った。
「そうさな、今回は遊びが足りなかった。次回は、余裕を持とうではないか」
一つ間を置いたあと、次第に喧騒を増していく王都はもう目になかった。
「…禁術をさらに上回る魔法の行使。到底人の身には能わぬ」
若かりし賢王の顔をしたそれは、思考を巡らせた。禁術ですら人の命を易々と費やす。時間遡行のループとは、果たして――。
「何を、犠牲にしたのだろうな?」
***
「私たちの魂を捧げて、あなたをまた過去へ飛ばす。ね、レティシアって本当にすごいと思わない?」
言葉がでなかった。命を犠牲にさせた上に、魂を捧げさせる?
そんなこと、駄目だ。君らの魂を犠牲にしてまで、俺は世界を救いたいとは思わない。
「今回は、私の番。怖くなんかないよ。だって、レオン様のためになれるから」
また、懐かしい呼び方をしてくれた。正真正銘、俺に向けたものだった。
怖くは、ないのか。
「もちろん、怖いよ」
じゃあ、なぜ――。
「でも、レオン様がいなくなる方が、ずっと怖いの」
泣きそうな顔で、彼女は言った。
「もうそろそろ、お別れかな」
認めたくなかった。そこまで、俺に捧げて。何があるんだ。
「レティシアも、クラウスも、ルークも、エリオも」
フーリエは、ひとりひとりの名を大事そうに口にした。
「みんな、レオン様に魂を託すの。…いずれまた会えるかもしれない。もちろん、できるだけ死んじゃだめだけどね?」
泣き笑いみたいな顔だった。顔をクシャクシャにしながら、それでも俺の目をまっすぐ見た。
待って、待ってくれ。君がいなきゃ、俺は――。
「心配なんていらない」
自信満々な表情で、彼女は言った。
「――あなたは、レオン・オウグストだから」
フーリエの顔が近づいた。俺は目をつぶって、最後のそれを受け入れた。
目を開けると彼女はもういなかった。




