表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

星空

 ―――意識が浮上する。


「ぐぅっ…!」


 頭に響く警鐘は鳴り止まない。


「どうされましたか!?」


「城が、燃え、て…」


「王城ですか?燃えているようには見えませんが…。ともかく、馬車でお休みになってください!」


 桃色の髪をした彼女は誰だったのか。

 あれは、いつの記憶だったのか。

 分からないことはいくつもある。

 それでも、一つだけ看過できないものがあった。


「俺が、レオン・オウグスト…?」


 彼女の言葉には、紛れもない信頼があった。

 俺が、王だと。


 証拠などどこにもない。

 それでも、あの焚火の熱と、彼女の声だけは嘘だと思えなかった。

 王ならば、あそこにいる。

 俺の名を騙る何かが。


「お前は何者だ。現王レオン・オウグスト」


 ***


 日が沈む頃にようやく検閲を通り抜け、王都の館にたどり着いた。


「半月もの旅路でしょう。お疲れもあるでしょうから、お先にお休みになられては」


 家令の一言をうけ、宛てがわれた自室へ早々に戻った。


 王都は王城を中心に築かれ、内側を貴族街、外側を平民街が囲んでいる。

 王城は堀に守られ、正規の手続きを踏まずに入ることはできない。侵入することは不可能だと言っていいだろう。


「記憶がなければ、な」


 脳裏に浮かぶ。

 王族しか知らないはずの抜け道。貴族街の西門を出てすぐの、使われなくなった井戸。

 まずはそこへ向かわなければならない。


 窓を開け放ち、庭へ飛び降りる。二つの街を隔てる格子を易々と越えると、平民街が広がる。問題はここだったが…。普段は衛兵が哨戒しているはずだった。しかし、姿を見かけることはなかった。


 懐かしい。ふと、そんな気持ちが湧き上がった。王だった俺も、こんなことをしていたのだろうか。あやふやな記憶しか戻らない。だが、城へ侵入するための記憶はある。まるで、導かれているようだった。


 息が上がるころに、井戸へ着いた。名目上はこの井戸は壊れていることになっており、平民はだれも使うことができない。梯子で下へ降りていくと、そう経たずに底へ着いた。


『ラ・アペリ』


 塞がっていたはずの丸石が低く軋み、城へ続く道を開いた。


 ***


 ひんやりとした地下の空気を肌で感じる。春先ではあるものの、洞穴特有の冷気が息を白くさせていた。


「城まで、あと少し。記憶が間違っていなければ、庭園のあたりに出るはずだ」


 暗闇を生活魔法で照らす。水の滴る音が不気味さを際立たせていた。

 傾斜の緩い斜面を登ると、通路の果てにたどり着く。


『ラ・アペリ』


 再び呪文を唱えると、仄かに月明りが差し込んでいく。この時間帯に、庭園へ行く人間はいないはずだ。

 突如現れた空洞に、風が吹き込んでくる。目を細めながら、手で顔を守った。


「ここからは…っ!」


 ――人影!!


 すぐさま姿勢を低くし、剣を構える。あまり大きい音は出したくないが、攻撃もやむなし――。


「そんなところで、なにをしてるの?」


 息が詰まった。まさか、こんなところで。


「おーい、聞こえてる?」


 幼いながらも、その桃色の髪は変わらない。

 見間違うわけもなかった。だって。


「こんな夜遅くに何をしているんだ。フーリエ」


 変わらず彼女は、星空よりも美しかったから。


 ***


「ふーん?庭師の息子さん?」


 未だに信じることはできなかった。でも、目の前にいるのは間違いなくフーリエだ。

 今の彼女に真実を話すことはできない。庭師はこの庭園の外れにある小屋に住んでいるから、隠れ蓑としては最適だった。


「ああ。父に手入れをしておけといわれてね。君は?どうしてこんな夜に?」


「別に。月とお花を見に行きたくて」


 彼女はどこか不機嫌そうに、俯いて言った。


「何かあったのかい?そんな顔じゃ、花も見向きしてくれないんじゃないか」


 からかうような俺の口ぶりに、彼女はどうやらムキになったようだった。


「ていうかさっきからなんでタメ口なの!私のお父さん、教会でそこそこ偉いのに!」


 ――変わらないなあ。


 出会ったときから、彼女はこんなふうに可愛げがあった。黙って見つめていると、フーリエは語りだした。


「レオン様がね、最近変わっちゃったの」


 また懐かしい呼び方をされた。ただ、今彼女がそう呼んでいるのは俺ではない。


「変わったって言うのは?」


「即位する前はいつも通りだったんだけど。そのあたりからおかしくなって」


 話すほどに、フーリエの顔色は目に見えて悪くなっていった。


「それでね、今朝私のお父さんが王城に呼ばれたからついてきたんだけど、レオン様に呼ばれたきり帰ってこなくて」


「何もできないから、ここにいたと?」


 こくり、と彼女はうなずいた。

 侵入が不可能であると同時に、単独で城を脱出することは難しい。当然、正式に招かれた者ならばそう難しくはないが、いくら枢機卿の娘とはいえ子供を単独で通すようなことはない。

 それに、下手に動けば父親の立場を悪くする。身内は城内にはいないだろうしな。だからここで待つしかなかったのだろう。


「俺が行ってくる。フーリエはここで待っていろ」


「私もついていく!こう見えても、治すのは得意だし」


「駄目だ」


 フーリエの提案を呑むわけにはいかなかった。おもむろに、彼女の手をつかむ。


「もう失いたくない。いいから、ここで待っているんだ」


 あまりの気迫に押されたのか、彼女は不承不承ながらも頷いてくれた。


「わ、わかった。ここで待ってる」


 彼女に頷き返すと、一目散に王城を駆けのぼる。深夜なのもあってか、人は誰もいない。いや、そんなはずはない。

 誰かがそう仕向けているんだ。でなければ、王城に一人も兵士がいないなど考えられない。

 問答無用で剣を抜き放つ。研がれた得物は、余裕のない俺の表情を映していた。


「もうすぐだ、もうすぐ謁見の間に」


 ひと際大きな扉が突き当りに見えた。

 扉は開け放たれていた。


 息が切れていることも気にせず、ただ走る。


 ――ああ、間に合わなかった。


 彼女の父親は、もう息をしていなかった。腹を抉られ、どう考えても生きているとは思えなかった。


「待っていたぞ」


 声が、謁見の間を震わせた。比喩なんかじゃない。文字通り、揺れたんだ。

 想像もできないような魔力量に足が竦む。

 同時に、思い出した。


「お前…。魔王だな」


 俺の姿だ。俺の姿なのに、俺じゃない。偽王は口を歪め、哄笑した。


「なんだ、気付かず来たのか?よくもまあ、貧相な装備で」


 栓を抜いたように、記憶があふれだしてくる。


「しかし、仕方あるまい。不完全な転移だったのだろう。それだけお前らは瀕死だった」


 俺は、王だった。そして、勇者だった。


「取り逃がした我の後悔は知れず。よもや、過去へ転移したというのだからなァ!」


 染みついているように、身体が勝手に動き出した。眉を顰めた魔王が指先をこちらへ向ける。放たれたのは閃光。頬を掠めた超高温のそれは、魔王にとっては先制攻撃に過ぎなかった。空いた左手へ、さらに魔力を注ぎ込んでいる。


 重い。

 記憶だけが先走り、身体が追いつかない。

 これでは、回避しきれない――。脇腹へ迫った閃光を剣で弾く。だが、逸れた熱線は易々と太腿を貫いた。


「まだまだ…!」


 近づいていくにつれ、被弾が増えていく。魔王の笑みは、より一層深まっていった。


「天職も覚醒していない身で、よくやるものよ!だが、お遊びはここまでだ」


 穴だらけになった俺を前に、魔王は全力を行使する。いつの間にか左手に出現した黒球は、何もかも吸い込んでしまうようだった。


「我を唯一殺め得る力を持つ勇者の末裔よ!その魂を、今ここで滅ぼしてやろう」


 暴力的なまでに練られた魔力が襲い掛かってくる。もう間に合わない。抵抗できない。


「ごめん、皆―――」


 視界は光に満ちたあと、即座にブラックアウトした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ