八十八、湖底の龍
『聞こえなかったのか。問うているのだぞ。お前たちは何者かと。』
高圧的な龍の態度に怯むことなく、優菜さんがつらつらと自己紹介を始める。
「これは失礼。わらわたちは訳あって龍になった童を追っている陰陽師。この湖に龍となった八郎太郎殿と辰子姫殿がおると聞いて、何か知っていることを教えては貰えぬかと馳せ参じた訳じゃ。」
『龍になった童…成る程、そういうことか。』
話をしていた方の龍が、何かに納得したようにそう呟いた。
『数刻前から人間界がざわついておったのは、其奴のせいか。』
そう言うと2匹の龍は、興味が失せたとでも言うように私たちに背を向けて、湖の奥の方へ泳ぎ始めた。
「ちょっ…ちょっと待って下さい!最後まで話を…。」
水の抵抗で上手く進めない中、泳いでいく龍を慌てて追いかける。
「あいつを落ち着かせて、人間に戻したいんです!」
『…人間に戻したい?』
「はい…っ。っ!?」
「千晶っ!!!」
突然、泳ぎを辞めた龍が眼をギラつかせて振り返り、そのまま私に尾を巻き付けて締め上げた。
「っ…う。大丈夫…です。」
『思いあがるなよ。小娘。その童がどういう経緯で龍になったか知らぬが、其奴が龍になることを自ら望んでいた場合はどうする?其奴が人間に戻ることを望んでいたとしても、我々が千年以上かけても成し得なかったことを、たかだか十人程度の人間の力でどうにかできると思っているのか!!!』
耳元で怒鳴られ、身体にビリビリと龍の怒りが伝わってくる。
「くっ…確かに、本人が龍になることを望むのなら仕方ないです。けど…今はそういう問題じゃ無いっ。」
『何?』
「今のあいつを…このまま放っておく訳にはいかないんです。」
龍我が家を飛び出していった時の、怒りと悲しみが入り混じった顔が頭に浮かぶ。
雨風の音に混じって、苦しげな龍の咆哮が水中まで伝わって来る。
「話つかないまま、こっちの声が届かないところまで逃げられて…、そんで龍になって災害起こしてますなんて納得できる訳ないでしょうが!!!」
ギリギリと締め付けられる力に抗うように、龍に負けじと、私も声を張り上げる。
「言いたいことが山ほどできたってのに!そもそも会話ができないんじゃ私の腹の虫が治らない!あんたに怒鳴っても仕方ないの分かってるけど!!!締められて痛いからこのくらい奴当たられろバカッ!!!」
感情が昂ぶり、ポンポンと思いついた言葉を吐き出していく。
「千晶ちゃん、今日テンション高くないか?」
「ち…千晶先輩も混乱してます。自分でも何言ってるか…分かってないみたい…。」
「第一、家の龍我は!自業自得で龍になったあんたたちとは違う!!!あんたたちが人間に戻れないことが、龍我が人間に戻れない理由にはならな!!!…い。」
ごごごと不穏な振動が、水中を揺らす。
『小娘ェ…言わせておけばぁぁぁあああ!!!』
「あ…やっば。」
「馬っ鹿やろう!!!」
拳心さんが私を罵る声が聞こえて間もなく、彼の入れた術のかかった突きが龍にクリーンヒットした。
『ぐおぉっ!?』
私は締め付けが緩んだ隙に逃げ出し、全員これ以上ここにいることはまずいと察して、次々と水中から脱出した。




