八十九、天空の猛虎
「ぷはっ…!」
水中から這い上がり、息を整える。
服が水でびしょ濡れになっているが、大嵐が起こっている地上では、水の中だろうが外だろうがさほど変わりはなかった。
「楯本、身内のことで熱くなるのは分かるが、少し落ち着け。冷静にならなければ、解決できる問題も解決できなくなる。」
仙太郎さんが、教え諭すように私にそう言った。
「う…すいません。」
少し反省したのもつかの間、大きな地響きと水飛沫を上げて、怒った龍の片割れが水面に上がってきた。
『グォォォォォォ!!!』
「…ふう。」
やれやれといった態度で、紡さんがすっかり湿って使い物にならなくなったタバコを口に咥えてため息を吐く。
「おい、拳心!」
「うっす。」
「お前さっき、陰陽戦術つこうてたやろ?」
「え…?」
「あ…気がつきました?」
驚く私たちの存在を完全に無視して、2人は会話を続ける。
「ほんなら、あいつにさっきの術かけぇ。」
「いや…でもまだ未完成で…。」
「んなこと見りゃ分かるわ!ごちゃごちゃぬかさんとさっさとせぇ!」
状況が分からず頭の上にハテナマークを浮かべている私に、紡さんは黙って見とけと視線で伝えてきた。
紡さんが触れた、いつも身に着けているチョーカーの飾りになっている勾玉が、空気を振動させる。狩衣姿になった紡さんが、凛々しく詠唱を始めた。
「陰陽戦術、寅の刻。」
ポンッと鼓の音がして、太陽と月が回転する。朝方の薄暗い景色へと、空模様が変化する。
紡さんの体が中に浮き上がり、狩衣に虎模様が現れ始め、金色の光が彼女を丸く包み込む。
「為虎傅翼。」
ーーバサァッ。
鳥の羽ばたきのような音と共に、金色の羽が空を舞う。
「ウチがこの龍、片したるわ。」
光輝く羽。
鋭く光る鉤爪。
光の中から現れた紡さんは、翼を持つ虎を思わせる、異形の姿をしていた。




