八十七、反転世界
「ふむ。着物が濡れるな、才蔵。わらわの通り道だけでも狐火で乾かしてはくれぬか。」
「何を仰っているんです。お嬢様ならご自分とお仲間が歩く範囲を雨風から守るくらい造作もないでしょう。面倒だからといって私を乾燥機扱いしないで下さい。そもそもこの豪雨では、乾いた先からまた濡れるに決まっています。」
嵐の中、私たち陰陽師一行は、2匹の龍が住むという田沢湖にやってきた。
雨で視界が遮られ、よく周りが見えないが、湖の手前に金色に輝く女性の像があるのが分かった。
「そんで?どないすれば龍に会えるんや?」
腕を掲げて顔に降り注ぐ雨を避けながら、恭士さんが叫んだ。
「ふっ…慌てるでない。皆、水面の淵まで近づくのじゃ。」
彼女の言う通りに、水面に足がつくかどうかのギリギリに立つ。
湖の上に、優菜さんは何か文字の書いてある呪符を浮かべた。
すると突然、地面がぐらぐらと揺れる。
「えっ…ちょっ…うわっ!」
「な、何だ!?」
慌て始めて間もなく、湖に向かって足場が傾いていく。
水面と地面が、淵を境目にして谷折りになる。
「わっ…え!?」
「うわぁぁぁ!!!」
ーードプンッ。
「ぶ…がぼごぼごぼ…。」
「あぁ、すまぬ。水中呼吸出来るようにするのを忘れておったわ。ほほほ。」
湖の中に引き込まれ、溺れそうになっている私たちを見て、優菜さんはそう笑った。
どうやったのか分からないが、優菜さんが水中でパチンと指を鳴らすと、突然息ができるようになった。
「ぷはっ…ゲホッ…ゲホッ。」
「っ…はぁ。ったく、説明無しに物事進めんのやめぇや。これやと命が幾つあっても足らんわ。」
「かかかっ。まぁそう言うな紡殿。目を凝らして、今来た世界を見渡してみると良い。」
そう言われて、一同は辺りを見回した。
「えっ…わぁっ…!」
「こりゃすげぇな。」
頭上には湖底、腹を上へ向けた状態で泳いでいる魚たち。
「まるで…不思議の国のアリス…みたいですね。」
そんな雫の呟きに、思わず共感する。
『何者だ。』
湖の深くなっている場所から、低くとても通る声が聞こえた。
声の主を探し、そちら目を向けると、2匹の龍が私たちを睨みつけていた。




