七十四、黄泉の狭間
「う…ん。」
ここ…どこ?
「…あれ?」
気がつくと私は、地面にうつ伏せの状態で倒れていた。
もそりと体を起こして顔をあげる。
「…わぁ…!」
目の前景色が意識の中に飛び込んできた瞬間、思わず感嘆の声を漏らした。
広がっていたのは、色とりどりの花が咲き乱れる、この世のものとは思えない美しさの花畑。
その花畑の真ん中を、透き通った綺麗な水質の川がチョロチョロと流れている。
ちょっと水に触れてみようかと手を伸ばし、そこでふと冷静になる。
あれ…なんでこんなとこにいるんだっけ?
…ていうかこの光景…。
『おや。新入りかい?』
「ひぃっ!?」
人の気配など全く感じなかったにも関わらず、突然後ろから女性の声は聞こえた。
驚いて後ろを振り返ると、着物をゆるく着崩した老婆が杖をついてこちらを見ている。
だが、ここで予想外のリアクションをされた。老婆が振り返った私の顔を見て、私以上に驚いた顔をしたのだ。
『おんやおや、まぁまぁ。あんたまだ死んで無いじゃないか。』
「え…あ…あの…ごめんなさい?」
え、ちょっと待って。今このばぁちゃんなんて言った?
死んでないじゃないか?
ってことはここやっぱり…?
色々な考えが浮かんでは消え、うっかり訳の分からない謝罪をしてしまう。
「あの…もしかしてこの川…『三途の川』ってやつ…ですか?」
ばぁちゃんは頷きながら、私の質問に答えてくれた。
『そうだぁ。この川を渡ってそっち側に行けば、所謂『あの世』にたどり着く。』
「それじゃ…おばぁちゃんはその…『奪衣婆』ってやつですか?」
予想外の状況に逆に冷静になっていた私は、気になったことを一つ一つ確かめる様に尋ねた。
私の様子を見て、おばぁちゃんはケラケラと笑った。
『こんな落ち着いて確かめられたのは、いつ以来だったかの。確かに、生者の世ではそう呼ばれているが、私の名は『たつえ』だ。』
たつえさん曰く、彼女は亡者となった魂が最初に出会うあの世の遣いであり、『生前盗みを犯した亡者の衣服を剥ぎ取り、その衣服の重さで罪の重さを計ることで、亡者の処遇を決める』という仕事をしているだけとのことだ。六文銭を持たない者の衣服を剥ぎ取るという話は、私の様に生死を彷徨った結果、生者の世に戻ることができた者が面白おかしく付け加えた創作だと言う。
「あの…どうしたら元の世に戻れますか?」
最後に、一番の重要事項を確認する。
『こちら側からは、どうもできんよ。ただ、あんたに生きる気があるうちは最後まで分からない。…ん?』
たつえさんが、三途の川の向こう側に目を凝らし、首を傾げる。
どうしたのかと視線の先を辿る。
川の向こう側に、広がる花畑。
白いモヤのような霞の中にぼんやりと人影が現れる。
人ががこちらに近づき、はっきり見えるようになる。
「…だ…れ?」
川の向こう側に、哀しみ、安堵、寂しさ、喜び、そんな言葉が思い浮かぶ、複雑な表情をした女性が立っていた。




