六十九、悲恋伝説
「ほ〜う。ずいぶん障気が漂っとるな。確かに、怨念集めにはもってこいや。」
そう言って、辺りを見回した。
『でしょう?何でも、ここは千年前、とある僧侶と姫君の悲恋伝説の地だとか。』
「悲恋伝説ぅ?」
『えぇ。』
今から約千年前、熊野に参詣しに来た、安珍という修行僧がいた。安珍は大層な美形で、清姫という姫君が彼に一目惚れし夜這いしたが、彼はあくまで修行僧。また会いに来ると嘘をつき、参詣帰りに清姫の元を訪れることなくその地を去った。
騙されたことに気がついた清姫は裸足で安珍を追いかけ、道成寺への道すがら安珍を問い詰めたが、彼は「別人だ。」と嘘を重ね、清姫を金縛りにして逃げ出した。
その仕打ちに怒った清姫は、とうとう火を吐く大蛇へと姿を変えてしまう。
追いかけられた安珍は道成寺へと逃げ込み、下ろして貰った梵鐘の中へと身を潜めるが、怒りで我を忘れた清姫は梵鐘に巻きつき、火を吐いて安珍を焼き殺してしまった。
悲しみで正気を失った清姫は、大蛇の姿のまま入水自殺し、2人は蛇として転生することとなる。
後に道成寺の住職に供養してもらい、2人が熊野権現と観世音菩薩であったことが判明する。
腑に落ちない。
「何やそれ。悪質なストーカーやんけ。どこが悲恋やねん。」
『さぁ?私も詳しくは知らないので何とも言えませんが…、安珍も僧という身分が無ければ、案外乗り気だったということではないですか?人に限らず神も仏も…本当に分からない生き物ですねぇ。』
才蔵が顎に手を置いてそう言うと、突然景色がグラリと揺らいだ。
『安…珍…?』
『「?」』
桜の木の辺りから不気味な声が聞こえ、つい数分前までかんかん照りだった空が黒雲に覆われていく。
『なっ!?』
「こいつは…。」
『どこだ…どこだぁぁぁあああ!!!!!!』
怒気と邪気が入り混じる叫びが寺の敷地内にこだまし、桜の根本付近から一筋の闇が飛び出した。
飛び出した闇が一箇所に収束し、黒い塊が次第に形を変化させていく。
「成仏したんやなかったんか!?」
『その通りです。しかしこの状況は…。』
♪〜♪〜♪♪〜〜〜♪〜♪〜♪〜♪♪〜♪〜〜♪〜
ーーチリン。
子供の歌声が聴こえる。
ーーチリン。
鈴の音と、毱をつく音が聞こえる。
『何故…わらわを謀ろうとする…安珍ッ!!!!!!何故…わらわから逃げる…!!!!!!』
黒い塊だったものがトグロを巻いた大蛇の姿で2人の元に現れる。
大蛇は怒りを吐き出すように、口から火を吹き出した。




