六十二、大切と特別
「ジョバンニ…。」
切なげで、それでいて恨めしげな顔をしていたと思う。
ジョバンニの顔を見上げる。あたしの表情を見て、ジョバンニは少し悲しそうに顔を歪めた。
未だ手が己の頬に添えられたままのジョバンニの右腕を、ギュッと掴んだ。
「なんで…どうして教えてくれないんだ…っ。陰陽戦術が使えれれば…千晶ちゃんを治してあげられるかもしれないのにっ…!!!」
涙目になりながら、普段なら絶対に向けない鋭い視線をジョバンニに向けた。
『どうして…か。』
ジョバンニはあたしの頬から、すっと手を離した。
『先に言っておくが、お主と私の陰陽戦術では、あの子娘は助けられん。』
「っ…。」
『ならば、今お主に術を授けることをはやることはあるまい。』
ジョバンニは相変わらず悲しげな目で、草原の向こう側を見つめていた。
「でもっ…もっと早く教えてくれてたら、千晶ちゃんを守れたかもしれないじゃないか…こうはなって無かったかもしれないじゃないか!!!」
必死な私に、ジョバンニは一つため息をつく。
『茉恋…お主にとって、あの小娘は何なのだ?』
「決まってる…仲間に決まってるじゃないか!」
『仲間とは、己の命をかけてまで大切にしたいものなのか…?』
まるで情の感じられないジョバンニの物言いに、戸惑う。
『お主がヒトでなく私を選んだ時、父親との対立に迷いは無かった。その強すぎた想い故、1度病に倒れている。』
「だから…なんだって言うんだよ。」
『思うのだ…ふとした瞬間に。お主にとっての大切な誰かは、私でなくても良かったのではないかと。』
ジョバンニの発言に、驚愕する。
「っ…!そんな訳無いでしょう!」
『確かに私は、お主が陰陽師に目覚める前から、お主を愛し、共に在りたいと願っていた。だがあの時点でのお主は、私の言葉など嘶きにしか聞こえ無かったはずだ。言葉も種も異なる存在を、何故堂々と愛していると言えた?何故結果とはいえ、命を危険に晒せた?そして何故、仲間のために命を危険に晒そうとしている?』
ジョバンニは息をつく暇もないほどに、饒舌に捲し立てた。
『教えてやろう。お主は表にあまり出さぬだけで、単純に激情家なだけなのだ。一度こうと思えば、それに向かって行くのみ。己の判断が正しいか否か、熟慮することを知らない。身の振り方は、もっと冷静に考えるべきだ。』
ジョバンニの言葉に、暫し沈黙し、震える口で声を発した。
「あんたは…あんたは今まで、何を見てたのさ!」
顔をあげる。ぼろぼろ勝手にと涙が溢れて、止まらなかった。
「確かにあたしはっ…ちょっと激情家なのかもしれない。自分が大切だと思った存在は、絶対護りたい!でも…、仲間がみんな大切なのはもちろんだけど、大切と特別は違うっ!!!」
真っ直ぐな視線を、ジョバンニは見つめ返してきた。
「私には、大切な人がたくさんいる。でも特別なのは1人しかいない。他の人にも、まして他の馬にもジョバンニの代わりなんて…っ!」
あたしの叫びが、唐突にジョバンニの抱擁で遮られた。
『っ…分かっている。皆まで…言うな。』
「ジョバンニ…?」
ジョバンニは少しばかり顔を赤らめ、それを私に見られたくなかったのか、顔を背けた。
『すまん…ただ、分かって欲しいのだ。お主が私を特別だと思うように、私もお主を特別だと思っている。力を持てば、否応なく戦いに巻き込まれる。それにこの術は、お主への身体的負担が大きすぎるのだ。私は…命をこれ以上危険に晒して欲しく無い。』
ジョバンニの言葉を黙って聞いていた。
「…そっ…か。…ごめん。ジョバンニの気持ち、もっと考えるべきだった。…一つ、提案があるんだけど聞いてくれる?」
抱擁を解かれると、涙を拭いながら、あたしはそう尋ねた。




