五十六、憎悪
成海ちゃんが、学校にいない。
昨晩悪い夢を見た。
夜道を、怪しげな黒い服の男が歩いている。
「へへっ…消毒してやるよ。」
ニヤニヤしながら、ポケットからライターと何かで湿った布を入れた缶を取り出し、火を付ける。男はその缶を、見覚えのある家の空いている窓から、ぽいっと中へ放り投げた。
炎があっという間に燃え広がるが、1階に誰もいないせいなのか、住人は気がついていない。
ザザッと見える景色に砂嵐が起こり、場面が切り替わる。
炎に包まれる家の中で、大好きな成海ちゃんが1人、泣いている。
『成海ちゃんっ…!』
何度もお邪魔したことがある、2階の部屋の片隅で、震えている成海ちゃんが見える。
消防車のサイレンが聞こえる。
助けを呼ぶ声が聞こえる。
行かなきゃ…助けに、行かなきゃ。
そう思うのに、手足が思うように動かない。
手を伸ばしても、成海ちゃんの手をとることができない。
「…助けて…!若葉ちゃんっ…!」
助けたい。助けたいのに…。何で…。
ホームルームの時間になり、何やら神妙な顔つきで担任がやってきた。
「えー…とても…残念なお知らせがあります。もう知っている人もいるかと思いますが…葉加瀬成海さんが、亡くなりました。」
「っ…!?」
鈍器で殴られたかのような衝撃が、私の中を駆け巡った。
「放火犯は現在捜索中とのことでーー。」
その後の先生の言葉は、私の耳をすり抜けるばかりで、全く頭に入って来なかった。
その時私は、昨晩見た夢が夢では無かったことを悟った。
あの時私に助けを求めた彼女の言葉は、景色は、彼女の想いが私に見せた現実だった。
『頼って欲しい。』
成海ちゃんに言った自分の言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
何故成海ちゃんは、死ななければならなかったのか。
何故私は、成海ちゃんを1人にしたのか。
何故私は、その時電話していなかったのか。
成海ちゃんが一体何をしたーー。
あの男は…誰だーー。
私の大好きなあの子を奪ったのはーー。
あいつは…っ。
「っぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!!」
憎い…。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
助けられなかった私が…憎いーー。




